第441話『指輪の出どころ』


「マイとイロハが結婚……っテ、ドドドどういうことダーっ!?」


 あんぐおーぐたちが一斉にこちらを向いた。

 俺はブンブンと首を横に振って「知らない!」とアピールした。


「マイサン、ついに妄想のしすぎで現実との区別がつカナク……?」


「ちがうよぉ~っ! ほら見てぇ~、指輪ぁ~! マイは本当にイロハちゃんからプロポーズされたのぉ~!」


 そうマイが必死に「ウソじゃない」とアピールする。

 彼女は語りはじめる。


「あれは1ヶ月くらい前のこと――」


   *  *  *


「くんかくんかすーはぁ~すーはぁ~、あぁ~イロハちゃんの匂いぃ~っ!」


「おい、なにやってんだ」


「ふぇ……? いいい、イロハちゃんぅ~!? おおお、おかえりぃ~!?」


「ただいま。じゃなくて、人の枕になにしてるの?」


「こここ、これはちがくってぇ~!?」


 ひさしぶりに海外から帰宅すると、俺のベッドの上でマイが悶えていた。

 いい加減、本当に出禁にしたほうがいいかな……? なんて俺が考えはじめたことに気づいたのか、彼女は慌てて弁明をはじめた。


「ま、待ってぇ~!? マイはただイロハちゃんをお出迎えしようと思って、待っていただけでぇ~!?」


「だけ、じゃなかったよね?」


「そ、それはぁ~、そのぉ~……えへへぇ~、イロハちゃんぅ~会えてうれしいなぁ~!」


「まったく」


 俺はそう嘆息し、誤魔化されてやることにした。

 まぁ、ぶっちゃけいつものことだし。


「今日、あー姉ぇは?」


「来れないってぇ~、収録が忙しいみたいぃ~。イリェーナちゃんやおーぐさんもぉ~」


「……そっかぁ」


 ま、仕方ない。俺が日本に帰れるタイミングは不定期だし。

 ただ、帰国は月に数度だけ――みんなに会える機会は少ないから、寂しく感じてしまう。


 だからこそ、こうして1秒でも早く俺に会いたくて家まで来てくれるのは……ちょっとうれしかったり。

 それこそ、多少は変なことをしていても許してしまえるくらいに。


「じゃあ、今日はマイとふたりきりかー」


「……? ……っ!」


「どうかしたの、マイ?」


「へっ!? ななな、なんでもないよぉ~っ!?」


 なぜか突然、挙動不審になりはじめたマイに首を傾げつつ俺も「疲れたー」とベッドにダイブした。

 そのまま推しの配信を見るためにスマートフォンを取り出そうとして……。


「……い、イロハちゃんっ!」


「へっ?」


 ガシィっ! と両方の手首を押さえつけられ、仰向けにされた。

 な、なにごと!?


「ま、マイ? どうしたの?」


 覆いかぶされ、ジッと見下ろされる。

 部屋のライトで影になったマイの表情は真剣そのもの。


 彼女の緊張が伝わったかのように、俺も手のひらにじっとりと汗をかきはじめる。

 あ……あれっ? あれっ……? な、なにこの空気!?

 そう思いながらも、つい彼女の唇に目がいってしまう。


 俺は思い出してしまっていた。

 あのとき――本当に最期だと思ったVTuber国際イベントのライブで、俺をこの世界に引き留めるためにマイがしてくれた行為を。


 いつかきちんと話さないといけないな、なんて思いつつ……けれど、俺が忙しくなってしまったから。

 考えてみれば、こうしてふたりきりになるのはあれ以来はじめてかも。


「昔は……マイたちがまだ小学生だったころはよく、こうして部屋でふたりきりだったよねぇ~」


「そう、だね」


 あれから、かれこれ4年か。

 あっという間だったような、長かったような。


「あのときはまだ子どもだったけど……今はもう、そうじゃないよぉ~?」


「ひゃ、ひゃいっ」


 たしかにマイは身長も胸元もとても成長して女性らしくなった。

 俺のほうは……ほとんど変わってないけど。


「ねぇ~イロハちゃん、ライブのときしたキスは……本気、だから」


「!?!?!?」


 な、なんだか頭がぐるぐるする。ぼーっとしてうまく思考がまとまらない。

 そうして俺が辿りついた答えは――。


「あ、あははっ……あのときのちゅーはサンドイッチの味がしたよねーっ!」


 だった。

 ライブの直前に俺とマイで分け合って食べたサンドイッチの味……。


「……」


 マイが黙りこくってしまう。

 うん、そうだよね!? 今、絶対そこじゃなかったよね!? 俺でもわかる!


 でも、仕方なかったんだ!

 なぜか今はうまく頭が回らなくて、それしか言葉が出てこなかったんだから!


「……わかった! イロハちゃん、ちょっと待っててぇ~っ!」


「え?」


 マイがなにかを理解したらしく、突如すごい勢いで立ち上がって部屋を飛び出していった。

 そして、ジャーッ! という音がしたあと、またドダダダとすさまじい勢いで階段を上って戻ってきた。


 バーン! と扉を閉め、ガチャリとカギをかけ……。

 「はぁ、はぁ」と荒い息を吐きながら、また俺に覆いかぶさってジュルリとよだれをぬぐう。


「こ、これでもうサンドイッチの味だなんて言わせないからぁ~! これでいいよねぇ~、イロハちゃんっ! ちゅぅ~~~~っ!」


「ちがっ!? 歯を磨いたらちゅーしてもいいってことじゃないからーっ!?」


「フフフ……、ニガサナイ……」


「ひぃ~~~~っ!?」


 マイが強引に顔を近づけてくる。

 彼女とはすでに1度キスしちゃってるし……正直、イヤかと言われるとそうでもなかったり。


 が、これはちがうっ! 今は絶対にそういう雰囲気じゃないっ!

 しかし、押し返そうとしても力では勝てず……冷静(?)になった頭に浮かんだのは、とあるアイテム。


「そ、そうだ! 思い出した! じつはマイにプレゼントがあるんだった!」


「……プレゼント?」


 それでようやくマイが動きを止めた。

 俺は彼女の下からズルズルと逃げ出し、カバンからそれ・・を取り出す。


「えっと、マイ……ずっとわたしのことを支えてくれてありがとう。わたしの配信活動を手伝ってくれたり、あるいは困ったとき……助けてくれるのはいつもマイだった」


「イロハちゃん、これってぇ~」



「マイ――大好きだよ」



 言って、俺はマイに差し出した小さなケースを開いた。

 その中には銀色に光る指輪が収まっており――。


   *  *  *


「そうしてイロハちゃんにプロポーズされてぇ~、指輪を嵌められてぇ~」


 と、そこまでマイが語ったところで、みんなが「はぁ~」と嘆息した。

 代表するようにあー姉ぇが言った。


「マイ……いくらなんでもウソはダメだよ? イロハちゃんにごめんなさいしよっか?」


「えぇ~~~~!?!?!? ほ、本当のことなのにぃ~~~~っ!?」


 みんながかわいそうなものを見る目をマイへと向けていた――。

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