第440話『大切なお知らせ(うれしいほう)』
《すいませんぅ~。一緒に送ってもらっちゃってぇ~》
《あはは、いーのいーの。これも仕事のうちだし。にしてもマイちゃん、また英語うまくなったねー?》
《本当ですかぁ〜! ありがとうございますぅ〜!》
運転席に座る、元・シークレットサービス……現在は俺が個人的に”ボディガード”として雇っている女性に、マイが後部座席から話しかけていた。
というか、俺もマイもイリェーナもみんな後部座席に座っているのだけど。
……おかしくない? 普通、車で4人いたら前に2人、後ろに2人で分かれない?
なんで1・3なんだよ!?
両脇をふたりに囲まれ、片方ずつ腕を取られている俺をバックミラー越しに見て、ボディーガードさんがニヤニヤと笑っていた。
その意味深な笑みやめて!?
《アタシももっと日本語うまくならないとなー。これまではいろんな国を転々としてたから英語だけでもよかったけど、しばらく日本に滞在するって話だし》
ボディーガードさんには退院後、俺と一緒に行動して護衛や秘書まがいの仕事をしてもらっていた。
いや、本当はもうすこしゆっくり療養してもらうつもりだったんだけど、あまりにも人手が足りなさすぎて。
彼女も「むしろ、そろそろ身体を動かさないとなまる」って言っていたので、好意に甘えた形だ。
代わりに給料に色をつけておいた。
《というか……あの~、授業中に廊下の窓から顔出したり手を振ったりしてくるの、やめてほしいんですが。すっごく気が散るので》
《いやー、ごめんごめん、待ってる間ヒマだったからつい。それにイロハちゃんがマイちゃんやイリェーナちゃんに会えてうれしそうにしてる顔がかわいくて、からかいたくなっちゃったというか》
《なっ!? ななな、なにを見てたんですか!? わたしそんな顔してないですよね!?》
《ほら、今も》
《イロハちゃんぅ〜! マイも大好きだよぉ〜!》
《イロハサマ! ワタシもお慕いしておりますー!》
《ええいっ、放せーっ! ここから出せーっ!》
今、思うとこうやって1・3に分かれて車に乗るシチュエーションって……拉致とか連行なのでは?
実際、まったく逃げ場がなかった。
《にしても、そんなに人手が足りていないのですか? イロハサマの配信で宣伝したなら……視聴者の数も多いですし、何人かは応募が来そうなものですけれど》
ボディーガードさんまで駆り出されているのを見て、イリェーナが疑問に思ったのか訊ねてくる。
鋭いな。
《うーん、まったく応募がないわけじゃないんだよ。ただ条件に合う人がいないってだけで》
《条件ってその言語を話せる以外にあるのですか》
《いや、それだけなんだけどね……》
実際に来るのは「これからがんばって覚えます! だから雇ってください!」という人とか。
あるいは「その言語使えます! ところで、イロハちゃんにはいつ直接会えますか?」とか。
《な、なるほど……それは難しいですね》
《うん。最悪、人手がなさすぎて後者でもいいかなーなんて思っちゃったんだけど、基本的には現地に滞在してもらうことになるしたぶん会えないと思うって伝えたら『やっぱりナシで』って》
《……その人、そもそも本当にその言語が話せたかも怪しいのでは》
《やっぱり? なんか、採用を担当してもらってるスタッフもそう思って落としたって》
というわけで、現状は校長先生だけが頼みの綱だ。
これでダメなら……。
《いっそ、わたしが自分でそのマイナー言語の講義動画を作りまくって話者を増やすしか……って、それじゃあ気が長すぎるんだよねー。人材が必要なのは今なのに!》
《なかなかうまくいかないものですね》
《本当にね》
と、そんな世知辛い話をしているうちに車は速度を落としはじめる。
曲がり角を曲がって……。
《はーい、到着ー》
ボディガードさんが車を停め、俺たちは家に到着した。
そのうち配信や収録を終えたあんぐおーぐとあー姉ぇも家にやって来て……。
「イロハーっ! 会いたかったゾーっ!」「イロハちゃん、会いたかったよーっ!」
「ぎゃーっ!? なんでみんな会うなり抱き着いてくるのーっ!?」
と、そんな一幕があったり。
母親が俺たちに指示を出しつつ、パーティの準備をテキパキと……というかノリノリと? 進めて――。
* * *
「というわけで……」
「「「「カンパーーーーイ!」」」」
俺たちはごちそうを前に、みんなでコップをぶつけ合わせた。
といっても、全員で囲むにはテーブルの大きさが足りなかったので2グループに分かれているけれど。
あんぐおーぐ、マイ、あー姉ぇ、イリェーナ……それから俺はダイニングテーブルでワイワイと。
母親とボディーガードの大人組はリビングのローテーブルでお酒を傾けていた。あと、ついでにうちの猫が母親の膝でいつもよりちょっと豪華なおやつをもらっていた。
「こうしてみんなで集まるのもひさしぶりだねーっ! マイとイリェーナちゃんが高校生になってからだから……かれこれ3、4ヶ月くらい? いやー、プールの季節だねーっ! よし、また知り合いを集めて――」
「なんかすごいデジャブ」
「どうしてアネゴはそんなに元気なんダ……? 日本の夏、アメリカと比べても暑すぎるんだガ。気温が同じでも湿度のせいでジメジメ・ムシムシ……もう勘弁してくレ!」
「あはは、わたしもしばらく日本を離れてたから同じ気分」
あー姉ぇやあんぐおーぐの言葉に俺はそう相槌を打つ。
しばしそんな風に談笑をしていると、頃合いを見計らったように「ごほんっ!」とマイが咳払いしてみんなの注目を集めた。
「事前に告知してたけど……じつは今日、マイからみんなに”大切なお知らせ”がありまぁ~すっ!」
「うぐっ!?」
「イロハ、イキナリどうしたんダっ!?」
「フム、コレハ……VTuberヲタク特有の持病のようデスネ」
『大切なお知らせ』って聞くとつい悪い想像をしてしまうのだ。
卒業とか、卒業とか、卒業とかね……。本当に……。
と、そのときだった。
あー姉ぇが突然、大きな声を出した。
「えっ、マイ
「へっ? 『も』って、お姉ちゃんもなにか発表があるのぉ~!?」
「そうだよーっ! ふっふっふーっ。本当はもっと早くみんなに言いたかったんだけど、やっぱり全員揃ってるときのほうがいいかと思ってずっとガマンしてたのだーっ!」
「そうなのデスカ? アノ……じつはワタシからもお知ラセガ。マイさんがパーティーをしようと言いだしてちょうどいいと思いマシテ、今日発表してしまおうカト」
「エっ、イリェーナもなのカ!? 重大発表ならワタシもあるんだガ」
「ということはまさか、イロハちゃんからもお知らせがぁ~?」
「……な、なにもないけど」
「「「「なんでないの!?」」」」
逆になんで、お前らはみんな重大発表を持っているんだよ!?
全員から同時にツッコまれて、俺はそう内心で叫んだ。
でも最近集まれていなかったし、3ヶ月もあればまぁこういうこともあるのだろう。
すこしだけ疎外感を覚えつつも、俺は「で?」とマイを促した。
「重大発表ってなんなの?」
「えぇ~? そんなに言ってほしいぃ~? 仕方ないなぁ~……じゃあ発表しまぁ~すっ! じつは――」
マイはイスから立ち上がると、てててっとテーブルを回り込み……俺にギュッと抱き着いた。
そして、満面の笑みでみんなに言った。
「マイとイロハちゃんは――”結婚”することになりましたぁ~~~~!」
「「「「え……えぇえええ~~~~っ!?」」」」
その発言に
マイが掲げた左手の薬指には、銀色の指輪が光っていた――。
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