第439話『通訳スタッフ募集中!』
「語学はあくまでツール。その使いかたを考えてほしい。まぁ、まれに……好きが高じて言葉そのものを専門に研究する――言語学者になる人もいるけれどね」
語弊があるかもしれないが……。
車でたとえると語学のプロがドライバーで、言語学のプロが整備士や開発員にあたるのかも。
俺は最後にそんなことを言って、授業を締めた。
できれば言語学の道に進む人が増えてくれるとうれしいな……なんて、すこしばかりのエゴととともに。
そして――。
* * *
「で、どぉ〜してイロハちゃんが学校にいたわけぇ〜!? しかも先生としてぇ〜!?」
「そうですよイロハサマ! 事業で手いっぱいだから進学もしなかったんじゃないんデスカ!? 近ごろは海外ばっかりでたまにしか日本にもいなかったぐらいナノニ!」
授業が終わって休み時間に入るやいなや、俺は廊下まで引っ張り出され問い詰められていた。
って、近い近い!?
マイとイリェーナが至近距離から睨んでくるのだが、それ以上近づかれると……その、くちびるが!?
というか、お前らしれっとまぶたを閉じるな!?
ぜ、絶対にしないからな!?
これほかの生徒たちにウワサされるからーっ!?
俺は必死に身体を逸らしながら、ふたりの身体をぐいぐいと押し返す。って力強っ!?
物理では押し返せなかったので、俺は言葉で必死に弁解する。
「忙しいのは、本当にそうなんだけど……じつはこれも、事業の一環なんだよ!」
「「……???」」
「今、通訳の人手が本当に足りてなくって!」
現在、俺は配信のかたわら『全人類VTuber化計画』のため中小国のインフラ整備を進めている。
のだが、当然そのためには現地に人を派遣しなくてはいけないし、現地民の協力も不可欠だ。
しかし、英語なんかのメジャーな言語とはちがい、開発を進めている国の言葉を話せる人は非常に少ない。
多くの場合は現地民の中で英語を話せる人を見つけてなんとかしているが……文化のちがいもありトラブルが多発している。
先日なんて……雇っているスタッフに聞いた話だが、お金の持ち逃げさえされてしまったらしい。
しかも、言葉がわからないからその人を探すこともできないありさまだとか。
「それで人材を探したり募集をかけたりしてたんだけど、全然見つからなくって」
「言われてミルト、イロハサマ配信でプロジェクトに参加してくれるスタッフの募集をかけてまシタネ」
「そう、それ! で、配信を見ていた校長先生がもしかしたら人材を融通できるかもってことで、ツテを当たってくれることになったの。ただ、その代わりに――」
「『うちの学校で特別授業をしてほしい』と言ワレタ、ということデスカ」
「そのとおり!」
「うぅ〜ん、なるほどぉ〜。たしかに、イロハちゃんの特別授業って学校に箔がつきそぉ~」
あくまで今回、俺は元・生徒として講義を行ったのだが……。
来年の学校案内パンフレットには『ギネス記録保持者』や『ノーベル賞受賞者』が特別講義に来てくれた! とか載っててるんだろうなぁ。
まぁ、ウソは吐いてないし……かといって俺を名指ししてもいない。
そんなグレーゾーンな書きかたで。
「ちょっと前までは契約締結の都合で現地に行くことも多かったけど、そっちはひとまず落ち着いたし」
いやぁ……本当に、本っっっ当に大変だった。
言葉がわかるのが俺しかいなくて、仕方なく直接現地へ赴いてほとんど全部を自分でやって。
俺が海外に出ずっぱりだったのもそれが理由。
こんなのがいつまでも続くんじゃ、身体がいくつあっても足りない!
現在も、俺がオンラインで通訳して穴埋めに奔走するハメになっているし……。
これじゃあ、俺が推しの配信を見る時間が1日8時間しか摂れない!
5大栄養素のひとつであるVタミン不足で体調を崩してしまう!
早くなんとかしないと!
「イロハちゃんなにげに結構、余裕あるんじゃぁ~? ……はぁ~、まぁいいやぁ~」
マイが俺になにかを言いたげな様子だったが、言葉を飲み込んだ。
なんだろう、ちょっと心を読まれたような気がした。
「とモカク、しばらくはイロハサマも日本で過ごされるのデスネ!」
「うん。少なくとも、引き受けた講義を全部終えるまでは日本にいる予定」
「ということはぁ~、またイロハちゃんの授業が受けられるのぉ〜!? やったぁ〜! 一緒に学校生活だぁ〜! 生徒同士……じゃなくて先生と生徒だけどぉ~」
「いや、教える相手はマイたちじゃないよ?」
「え、えぇ〜っ!?」「ナナナ、なんでデスカ!?」
「な、なんでって……マイたちのクラスはもう講義し終わったし。1年生の全クラスを順番に回って話をするってのが仕事内容だし」
というか、これでもここは進学校だ。
もちろん外部の人を招いて話を聞くのはタメになるが、かといって授業をいくつも潰せるほどカリキュラムに余裕はない。
「そうだよねぇ〜……」「そうですヨネ……」
「……あー」
落ち込んだ様子のふたりを見て俺は「うっ」と怯む。
そうだよな、形はちがえど夢が叶ったと思ったんだもんな。一緒に高校生活を送る、という……。
「うーん……!」
と、俺は唸った。
それから照れを誤魔化すようにほっぺたを掻きながら言う。
「で、でも……お昼休みにご飯を一緒に食べたりするくらいはできる、かも。わたしもそういうのちょっと、ふたりとしてみたかったっていうか」
「イロハちゃんぅ〜!」「イロハサマ〜!」
「うわっぷ!? ちょっと、ここ学校! 人前だから抱きつかないで! は、恥ずかしいからーっ!?」
こいつら本当、人目をはばかるということを知らんのか!?
そんな風にわちゃわちゃ騒いでいたのだが、ふとマイが「そうだぁ~!」と声をあげた。
「ちょっと待ってねぇ~」
それからスマートフォンを操作すること十数秒。
マイはにやぁーっと笑みを浮かべた。
「イロハちゃんっ、今日はお姉ちゃんもおーぐさんも空いてるってぇ~! だからみんなで集まってパーティしようよぉ~! パーティぃ~!」
「パーティー、デスカ? ……フム、いいかもしれまセンネ。全員で集まれるなんてひさしぶりデスシ」
「またいきなりだなー。ま、いいけど」
ここ数ヶ月、俺が帰国している時間が短すぎて……全員の予定が合うことはなかった。
だから、会ったり遊びに行ったり、コラボ配信するとしても1対1ばかり。
うん……いいかも。
みんなの顔を思い出してちょっとうれしくなってしまう自分の心が……まぁ嫌いじゃない。
「よし、じゃあ決まりぃ~! あ、ちなみにそのときにマイから重大発表があるから楽しみにしててねぇ~?」
マイがちらちらと意味深に俺へと視線を送っていた。
重大発表? なんかあったっけ……?
そのときの俺はのんきに考えていた。
まさか、それがあれほど大きな波乱を起こすとは思わずに――。
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