第283話『アルファベットの歌』

「ミナサン聞きましたカぁ↑!? イロハちゃんが自分のことをセンシティブっテぇ↑!」


「ち、ちがっ!? 今のは英語本来の意味で!? 『繊細』って意味で言ったの! バンチョーが英語混じりに話すから、つられただけで!」


>>イロハ・イズ・センシティブガール

>>イロハちゃん、いつの間にそんなえっちな女の子になったんだい(米)

>>バンチョーに毒されてきてて草


 あーもう、なんでこんなことに!?

 食欲と性欲は密接な関係がある、といわれているし……この話題はダメだ。


 どうやら古今東西、食べものにまつわる下ネタってのは存在するらしい。

 ほかの話に変えないと!


「自己紹介の内容、もっとほかのことにしましょう! 好きなもの以外にも、いろいろありますよね!?」


「そうですネぇ↑ わかりましタぁ↑ ワ↑タシは日本に来てから長いんですけれドぉ↑、行ってみたいけれどずっと行けていない場所があるんですネぇ↑」


「観光! いいですね、そういうのを待ってました!」


「ちょっと地名が難しくっテぇ↑ イロハネキはわかりますカぁ↑?」


「ぜひぜひ、聞いてください!」


 これまでの話題に比べれば全然マシだ、と先を促す。

 バンチョーがホワイトボードの文字を『場所(Place)』に書き換えた。


 そして、その下に漢字で日本の地名が記された。

 その場所の名前は『お漫湖』。俺は「ぶーっ!?」と噴き出した。


「な、なんてもの読ませようとするんだ!?」


「イロハネキ↑、コレの読みかた教えてくださイぃ↑」


「絶対にイヤだから! 読まないからね!? というか頭の『お』絶対にいらないでしょ!?」


>>直球すぎて草

>>そんな名前の湖があってたまるか!www

>>オマーン湖も漫湖も実在するんだよなぁ……


「教えてくださイぃ↑ 『お』のあとなんて読むのですカぁ↑? お……ナニぃ↑? ”おナニー”↑?」


「ぎゃーっ!? 読んでも読まなくてもダメだった!?」


>>平然とライン越えてくるの草

>>大丈夫? この配信BANされない?www

>>イロハちゃんの耳がすごい勢いで汚されていく……!


「そういえバぁ↑、まだ一番大事なことをイントロデュースしてませんでしタぁ↑」


「な、なんですか? これ以上、いったいなにをしようっていうんですか!?」


 俺は警戒心マックスで問う。

 するとバンチョーは自分の立ち絵を拡大させた。


 それからホワイトボードに矢印を書いた。

 矢印は彼女の豊満な胸元に向けられていた。


「ワ↑タシはイロハネキよりモぉ↑、とってもとってもおっぱいがビッグでーーーースぅ↑!」


「なんでわざわざ、わたしと比べるのー!? ちっちゃくてなにが悪いんだー!?」


>>思いっきり煽られてて笑う

>>オレたちはそのままのイロハちゃんが大好きだぞ!

>>貧乳はステータスだ!


「ちなみにワ↑タシの具体的なサイズはぁ↑」


 矢印の根元に文字が書かれる。

 『ICUP』だった。


「え。『I』って、ABCDEFGH”I”!? わたし”A”……」


>>イロハちゃんのアルファベットの歌、はじまると同時に終わるの草

>>↑いや、イロハちゃんの場合『AAA……』で、そもそもアルファベットの歌にならなくね?

>>イロハちゃんのおっぱいマウスパッドは、出たらすごく使いやすそうだよね(米)


「うるさーーーーい!?」


 い、いや……俺は自分のおっぱいの大きさなんかどうでもいいんだけどね!?

 でも、何度も周囲から言われてると、ちょっと気になってくるというかなんというか!


 そんなことを思っていると、バンチョーが「ちなみに」と立ち絵を上方へとスライドさせた。

 矢印の位置がズレ、先端が彼女の腰あたりを指す。


「こうするトぉ↑、『わたしはあなたのおしっこを見ます(I see you pee.)』という意味になりまスぅ↑」


「やめい!?」


 ”アイシーユーピー”。最低なダジャレだった。

 さっきの”湖”しかり、隙を生じぬ二段構えだった。


「フぅ~↑ なんだかピーの話をしていたラぁ↑、もよおしてきてしまいましタぁ↑」


「あの、そこだけ英語にされると伏字みたいで逆にあやしいんですが」


「じゃアぁ↑、おしっことうんちをしてきますネぇ↑!」


「ちょっとはボカせぇーーーー!?」


 あー姉ぇたちの事務所はわりとVTuberをアイドル売りしている。

 はずなのだが……。


「バンチョー、お願いだから! アイドルミーティングって言ってください!」


「エぇ~↑?」


「じゃあ、ほら。日本だと『お花を摘みに行く』って言うんですよ! ちなみに、じつは男子の場合は表現が変わって『キジを撃ちに行く』になるんですけれど」


>>さすがに日本語はイロハちゃんも詳しいな

>>オレ、男だけど「お花摘み」って言ってたわ

>>ウチの会社じゃ「レコーディング(音入れ)」って言うのが流行ってるな


「よし決めましタぁ↑ じゃあワ↑タシは聖水と黄金って言いますネぇ↑!」


「それだけは絶対にやめろー!? せめて1番おしっこ2番うんちって言ってくれぇえええ!」


 『No.1』や『No.2』は俺も日常で使っている、英語でトイレを示すときの隠語だ。

 俺はもう疲れ果て、諦めたように言った。


「あの、もう大丈夫ですから。遠慮なくトイレに行ってください。配信はわたしが繋いでおくので。というか、ちょっと”休憩”させてくださいお願いします」


「ハッハッハぁ↑! お手洗い”レスト”ルームだけにですカぁ↑ イロハネキもなかなかやりますネぇ↑」


「ちっがーう!? いいから、さっさと行けぇえええ!」


「はぁーイぃ↑」


 バンチョーの立ち絵から魂が抜けて、固まる。

 俺は「ぜぇ、はぁ」と荒い息を吐く。これで一安心、と油断したそのときだった。


「うげっ!?」


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 コメント欄にすさまじい勢いで青スパチャが流れはじめていた――。

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