第282話『センシティブ・ガール』


 引き続き『※下ネタ注意』な配信が続いていた。

 さっそくカマしてきたバンチョーに、俺は慌てて話題を変えにかかる。


「ほか! ”エビ”以外になにかありませんか!? 好きなもの!」


「そうですネぇ↑」


 言って、バンチョーがふたつの文章をホワイトボードに書いた。

 『Toss my salad』と『Toss my cookies』。


「えっと? よくわからないんですけど、バンチョーさんって料理とかされるんですか? 知りませんでした」


>>サラダとクッキー?

>>同じ「Toss」使ってるけど、「サラダを混ぜる」はともかく「クッキーを混ぜる」ってなんだ?

>>そっちはどちらかというと「クッキーを投げる」かな(米)


「あ、ちなみにそれぞれの意味は『ケツ穴を舐める(Toss my salad)』と『ゲボを吐く(Toss my cookies)』ですネぇ↑」


「お前ぇーーーー!?」


 思わず口調が乱暴になってしまう。

 さっきからバンチョーに振り回されっぱなしだった。


「えーっと、じゃあ……そう! 好きなものじゃなくて、好きな”食べもの”に限定しましょう!」


「フムぅ↑? わかりましタぁ↑」


 俺の提案に従い、バンチョーはホワイトボードの文字を『食べもの(Food)』に書き換えてくれる。

 そして直後、言い放った。



「――ファッキン↑」



「!?!?!? ……あ、あぁっ!? ファストフード店のね!?」


 略称は日本特有の文化だ。

 ファミマー、セブーン、マクード……それがときおり、事故を引き起こすことはある。


「ノぉー↑ F爆弾ボムのことですネぇ↑」


「それは食べものじゃなーーーーい!?」


>>普通に文字通りで草

>>Fボムって、Fワードのこと?

>>↑そうだよ。『Fワード』が最近はもう隠語じゃなくなってきてるからね(米)


「お願いだから、ちゃんと食べもので答えてください! 本当に、お願いだからっ!」


「仕方ありませんネぇ↑ ワ↑タシはクッキー(Cookie)が好きですヨぉ↑」


「あっ、意外とそこは普通……」


 俺は安堵の息を吐いた。

 が、すぐに「ハっ!?」として気を引き締め直す。


「まさか、また『吐瀉物』って意味じゃないですよね!?」


「失敬ナぁ↑、違いますヨぉ↑ ところでイロハネキ↑、『わたしは大きなクッキーが好きです』って言ってみてくれませんカぁ↑?」


「『わたしは大きなクッキーが好きです』……?」


「ちなみに今言ったクッキーは『性器』の隠語ですネぇ↑」


「おバカぁーーーー!? なに言わせんじゃーーーー!?」


>>バンチョーよくやった(米)

>>イロハちゃん、さっきからおもしろいように引っかかるね(米)

>>もしかして、イロハちゃんって下ネタ系のスラングはあまり詳しくないのか?


「知るわけないでしょぉ!? そんなの、聞く機会なんてないんだもん! 教科書にも載ってないし!」


 俺がもし辞書を読み込んでいれば、そういうスラングの知識も備えていただろう。

 だが、そんなことに時間を使うくらいなら、と配信を見ていた。


 だから、俺が知っているのは教科書やテストに出てくる範囲。

 それと一般的な会話で使われる、俺が直接に見聞きした単語だけだ。


 しかし、この幼い容姿。

 さすがに俺の前ではみんな配慮して、そういう過激なワードは使わないわけで。


「マぁ↑、ここまでのジョークはさておキぃ↑」


「ジョークだったの!?」


「ニッポンはステキなフードが本当に多いですネぇ↑ とくにドンブリは特別でスぅ↑」


 どうやら、ついに軌道修正できたらしい。

 丼ものは外国人にも大人気なメニューだ。アメリカ出身のバンチョーが好んでいても不思議ではない。


「天丼はファニーですシぃ↑、親子丼はとってもデリシャスですネぇ↑」


「へー、意外ですね。牛丼の名前が上がらないなんて」


 あと、個人的にはもっとカツ丼の知名度も上がって欲しいところ。

 海鮮丼は……まぁ、生魚なので向き不向きがあるのは仕方ないが。


「ア~↑、牛丼はとくにナニもありませんからネぇ↑」


「なにもない? ……ん? 一応、確認したいんですが、これって食べものの話ですよね?」


「ちなみニぃ↑、ワ↑タシが一番好きなのは『姉妹丼』ですネぇ↑」


「食べものの話じゃないー!?」


「ドンブリなのに立派なオカズとハぁ↑……フフっ↑、これいかニぃ↑」


「お前ちょっと口を閉じろ!?」


>>海外ニキに向けて説明しておくと、日本語で「天丼」は同じことを繰り返して笑いを取ることだよ

>>そして「親子丼」は母親と娘を同時にいただくこと。つまり「姉妹丼」は……

>>なんてこった、次から日本に行ったときどうやって商品を注文すればいいんだ(米)


「いやいや、大丈夫だからね!? みんな、ちゃんと食べもののことだと思ってくれるから! 遠慮なく注文していいから!?」


「ですガぁ↑、やっぱり一番デリシャスなのはTK”B”ですネぇ↑」


「ごほっ、ごほっ!? バンチョーさん、間違えてますよ!? TK”G”ね! たまごかけごはん!」


「ノぉー↑? チクビのことですヨぉ↑?」


「もうヤダぁーーーー!?」


 俺はどうやらバンチョーのことをナメていたらしい。

 普段、あー姉ぇに振り回されて鍛えられている俺ならば、なんとかなる……と、どこかでおごっていた。


 しかし、下ネタへの対処がここまで難しいものだったとは!

 相手が女子で、今の自分も女子だから余計に。


「ごめんなさい、バンチョー! できれば、もうすこしお手柔らかにお願いできると助かります! その……」



「――わたしは”センシティブ”なので!」



 瞬間、俺は「あっ」と言葉選びを間違えたことに気づいたが、もう遅かった。

 コメントが一気に加速していた――。

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