第281話『下ネタで学ぶ外国語』

「※注意。今回の配信には多くの下ネタ成分が含まれています。閲覧にはお気をつけください」


 と、しっかり前置きが済んだところで……。

 俺は「こほん」と咳払いして、自己紹介をした。


「”わたしの言葉よあなたに届け!” 翻訳少女イロハでーす。今日は配信タイトルにもあるように、みんなで……下ネタで外国語を学ぼう! という企画です」


>>めちゃくちゃ教育に悪そうなの草

>>波乱の予感しかしないwww

>>イロハちゃん未成年やのにええんかこれw


 企画の内容がなんであれコラボ相手は俺の推し。

 そして……推しからコラボを誘われて、俺が断れるわけないだろ!


「それじゃあ……”バンチョー”! お名前をお願いします」


 配信画面上にはホワイトボードと教壇、それからふたりのVTuberが映っていた。

 俺が振ると「バンチョー」という愛称で親しまれる彼女が、英語まじりの日本語で名乗る。


「どーもクソ野郎どもファッキンピーポーぉ↑ ワ↑タシのネームは――」


 バンチョーはあー姉ぇやあんぐおーぐと同じ事務所に所属しているVTuberだ。

 英語混じりな言葉遣いからもわかるように、出身はアメリカ。


 しかし、所属しているのは日本の事務所だったりする。

 まぁ、彼女がデビューした当時はまだアメリカに事務所がなかったしな。


「はーい。というわけで、今日はよろしくお願いします」


「こちらこソぉ↑ にしてもやっぱリぃ↑、イロハちゃんカワイイですネぇ↑ ワ↑タシのビューアもみんな言ってますヨぉ↑」


「あ、ありがとうございます……」


「なのデぇ↑、ロリコンクソ野郎はさっさと逮捕されたほうがいいと思いますネぇ↑」


「バンチョー!? 発言ぅー!?」


 しょっぱなから、バンチョーはキレッキレなセリフを飛ばしてくる。

 いち視聴者として見ていたときは大笑いしていたが、同じ側に立つとめっちゃヒヤヒヤさせられるな!?


 今まで機会に恵まれず、大型イベントくらいでしかコラボできていなかった。

 だから、こうしてタイマンで話すのはほぼはじめてなのだが……最初からフルスロットルだ。


>>おい、相手は未成年だぞ! ちょっとは加減して発言しろ!www

>>うちのバンチョーがスイマセンスイマセン!!!!

>>ちょっとイロハちゃんが心配(米)


「ウルセーぇ↑! ワ↑タシはこれでオマンマ食わせてもらってんだヨぉ↑ 相手がプレジデントだろうがワ↑タシは同じ態度で接してやんヨぉ↑!」


「あはは、みんな気にしないで。じつはわたしから『いつもの調子で』ってお願いしたの。いや~、いつも画面越しに見てるやり取りが目の前で繰り広げられてて……めっちゃテンション上がるぅううう!」


>>よろこんでて草(米)

>>あっ、そういえばイロハちゃんだったわw

>>バンチョーも大概だけど、イロハちゃんも大概だもんなぁ


「はぅ~、バンチョー! 大ファンですぅ~! ”はこつく”でも完凸キャラにお世話になってますぅ~!」


 バンチョーもあんぐおーぐたちと同じ事務所なだけあって、ソーシャルゲームに登場している。

 そして先日、あー姉ぇと一緒に実装された新規の最高レアが、まさに彼女だった。


「オウオウオウぅ↑! クソ野郎どもぉ↑、ウチのお得意サマだ頭をさげロぉ↑ ヘヘぇ↑、イロハネキ↑! 足でも舐めましょうカぁ↑? なんでもアッシにお申しつけくだせエぇ↑」


 バンチョーが自分の立ち絵を動かし、翻訳少女イロハの足元へと移動させた。

 そのまま小刻みに上下させる。


「ちょっ、本当に舐めようとしなくていいですから!? あとイロハネキってなに!?」


>>だれにでも同じ態度で接するとはいったい???

>>1分で発言に矛盾してて草

>>だれにでも同じ態度(ただしお金は除く)


「フぅ~↑、グッドテイストでしタぁ↑ メンバーシップギフトの味がしましタぁ↑!」


「や、やめてっ!? お願いだから!」


「ところでイロハネキ、大丈夫でしたカぁ?↑」


「呼びかたそのままいくんだ……。大丈夫って、なにが?」


「あの配信のあトぉ↑、マザーがめちゃくちゃアングリーな感じだったのデぇ↑」


「ぎゃーーーー!? 思い出させないでぇえええ!」


 恐怖が呼び起こされ、俺の身体がブルブルと震え出す。

 あの日は本当に大変だった。


 2度目ということで情状酌量の余地もなし。

 もはや言葉にするのもおぞましいほどの、厳しい説教を食らったのだ。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


「……オーゥ↑」


 本当にツラかった。

 具体的には、はじめて自分から「泣きやむまで頭なでて」とあんぐおーぐにおねだりしたほどだ。


 だれかに支えてもらわないと、精神を保てそうになかったし……。

 それに、じつはあの一件以降、俺はすこしずつだが自分から彼女に甘える機会を増やしていた。


 まだまだ、”ちゅー”はハードルが高い。

 だが、いつかは……。


「はぁ~。最近、ソシャゲに夢中で勉強をサボっていたこともバレたし。次回のテストでよっぽどいい点数を取らないと、ソシャゲを取り上げられそうなんですよね」


「そ、それはソウハードですネぇ↑……。ヨシっ↑ じゃアぁ↑、そんなイロハネキのためにもワ↑タシがひと肌、脱ぎましょうゾぉ↑ 下ネタでイングリッシュをティーチングしましょウ↑」


>>なんて自然な導入なんだ(米)

>>いや、英語は教わらなくても、イロハちゃんまったく問題ないだろwww

>>ホワイトボード「おっ、ついにオレの出番か」


「せっかくなのデぇ↑、イロハネキのビューアにワ↑タシのことを知ってもらうためにモぉ↑、ワ↑タシのイントロデュースをベースに教えていきますネぇ↑」


 ホワイトボードの素材上でえんぴつ型のカーソルが動く。

 バンチョーがホワイトボードの一番上に『自己紹介(introduce)』と手書きしていた。


「まずワ↑タシの『好きなもの(Like)』ですが、これですネぇ↑」


>>「shrimping」? って、どういう意味だ?

>>おい!!!!(米)

>>ん? なにこれ「エビ」? あるいは動名詞っぽいし「エビを捕ること」とか?


「ノぉー↑、これはイングリッシュのスラングで『足の指を舐めること』ですネぇ↑ ――性的な意味デぇ↑」


「ごほっ、ごほっ!? バンチョーさん!?」


 俺は思わずむせた。コイツ、さっそくやりやがったな!?

 というか、もしかしてさっきの『足舐め』は伏線だったの!?

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