第15話『リスクとデメリット』


 いやー、大変な目にあった。

 学校の図書室で倒れたあと、保健室の先生が駆けつけてくれたらしい。


 その後は救急車で病院に搬送されたようだ。

 親もすっ飛んできて、配信も急遽おやすみにして……。


「いやもうめっちゃびっくりしたよねー」


 翌日、俺はフェイクを入れつつ自分の身に起きたことを話していた。

 倒れて病院に運ばれるなんて、前世でもなかった経験だ。


>>そんなことになってたの!?

>>めっちゃ心配した

>>なんで平然と次の日に配信してんだwww


「体調はもう大丈夫。目を覚ましたあとも、ちょこっと点滴打ってもらったらすぐ帰ってきたし」


>>もっとちゃんと休んだほうがよいのでは?

>>それ数日は安静にって言われなかった?

>>結局、原因なんやったん?


「お医者さんが言うには過労? らしい」


>>小学生で過労ってヤバくないか?

>>もしかして配信のせい?

>>勉強がんばりすぎたとか?


「それがよくわかんないんだよねー」


 と言いつつ、原因はチートじみた言語能力の乱用以外には考えられなかった。

 短時間であれだけのことを覚えるなんて、脳みそを酷使していたと言われても仕方ない。


 よし。これからは毎日コツコツと覚えていくことにしよう。

 途中まではとくに問題もなかったわけだし。


 ふふふ……!

 そして、ゆくゆくは全世界のVTuberの配信を見れるようになるのだ!


 それに、考えてみればこの能力はそう怖いものでもない。

 超高精度・超高速処理・超高解析能力の翻訳機を持っているようなものだ。

 ちょっと廃熱に問題があるだけで。


>>原因わからないのに過労って怖くね?

>>一度、精密検査受けたほうがいいんじゃ

>>心配だなぁ……


「大丈夫だって。VTuberの配信は万病に効くんだよ! 毎日見てるわたしが健康体でないはずがないでしょ?」


>>草

>>通常運転だなwww

>>ゴリゴリの精神論で笑う


「最近は英語や韓国語がわかるようになったからねー。もー幸せすぎてヤバい。アーカイブも追わないとだし、見るものが多くて困っちゃう。毎日12時間以上見てるけど、まだ時間足りないや」


>>過労の原因それじゃねーか!?

>>学校と配信入れると、ほとんど寝てない計算にならない?

>>逆になんで今まで倒れてなかったんだよ!


「ははは、なに言ってんの。1時間のVTuber視聴は、3時間の睡眠にも等しいって厚生労働省が発表してたよ? すなわち、わたしは毎日36時間休んでるといっても過言ではない!」


>>過言だよ!!!!

>>厚生労働省を巻き込もうとすなwww

>>だれかこいつを止めろ!


 そのとき部屋にノック音が響いた。

 ただの雑談配信だったのでヘッドホンも付けておらず、すぐに気づく。


「え、なにお母さん。今、配信中なんだけど……みんな、ちょっと待ってて」


>>おk

>>イロハハきちゃ

>>いつも娘さんにお世話になってます


 部屋の扉を開けて対応する。

 配信中にやってくるなんて、よほどの急用なのだろうか?


「どうしたの?」


「これからMyTube見るのは1日1時間までよ」


「え……な、ななななんでぇえええ!?」


「なんでもクソもないでしょ! あんた、倒れてどれほどみんなに心配かけたと思ってんの! 心当たりなんてないって言っておきながら、そんなことしてたなんて!」


「えぇえええ!? ちがうんだって。アレはちょっと事情があって。配信を見るのはむしろ癒しっていうか」


「お母さん、言ったからね!」


「待っ――」


 扉がバタン! と閉められ、母親が去っていく。

 バカな。なんでこんなことに……。


 そうか、子どもの身って便利なだけじゃないんだな。

 自立した大人にはある自由を、子どもは制限されることがあるのだ。


 忘れていた。

 大人の責任と自由は比例するのだ。


「最悪だぁ~」


 俺はPCの前に戻ってきて、呟いた。

 コメント欄の流れが加速していた。


>>草

>>これは自業自得

>>イロハハ、グッジョブ


「え、みんな聞こえてたの!? うわっ、ミュートし忘れてる! まぁ、そんなことどうでもいいや。ほんとサイアク。1日に1時間しかMyTube見れないとか。まだ見てないアーカイブがたくさんあるのにぃ~!」


 母親の言うことなんてムシすればいいだけに思えるが、俺には強硬に反発できない事情があった。

 使っているMyTubeのアカウントが母親管理なのだ。


 もし怒らせて、アカウントを削除されるようなことになれば……。

 仕方ない、と俺は嘆息した。


「今日からはMyTube以外での配信アーカイブを消化することにしよう!」


>>なんにもわかってねーぞコイツ!?

>>そうじゃねーよ!?

>>また怒られるなこれはwww


 今度はノックなしに扉が全開にされた。

 ガチで怒られた。


 俺の精神年齢はおっさんだ。

 そして、おっさんにもなってガチで説教されると、すさまじい精神的ダメージを負うことを俺は学んだ。


「ひっぐ、ぐずっ……ごめんなしゃあああい!」


 しかし、ここは俺にとっても譲れない部分。

 粘り強く交渉し、最終的には平日2時間、休日5時間という落としどころになった。


 なお、中学受験を前向きに検討することが交換条件。

 過労が心配だから勉強をやめさせる――という選択になったりしない? なりませんかそうですか。


「うぅっ、うぅぅっ……たった2時間だなんて、酷すぎるよぉ~。あんまりだよぉ~」


>>十分だろ!

>>むしろまだ多すぎるわ!!!!

>>母親を言いくるめようとしてさらに説教されてたの草


 不幸中の幸いはもうすぐ夏休みなこと。

 そうなれば一応、毎日5時間はVTuberを見れる。それでも少なすぎるが。


 ちなみに、ガチ説教はそのまま配信に垂れ流されていた。

 当然のように、小学生女子のマジ泣きは切り抜かれた。

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