第325話『お風呂とマッサージ』

「かひゅ……、かひゅ……」


「アワワワ。い、イロハが大変なことニ!?」


「いや~、いい汗かいたー!」


 運動配信を終えたとき、俺は呼吸すらままならない状態で倒れていた。

 まぁ、しんどすぎていつ配信が終わったのかも俺にはわからなくなっていたが。


 慌ててあんぐおーぐが酸素スプレーを口元に当ててくれる。

 なおフィットネスゲームは当然のごとくボスを倒すなんてできず、俺のギブアップで終わった。


「すまないイロハ、ワタシが間違ってタ。人間だれしモ、できることとできないことがあるよナ」


「シュコー、シュコー……ウンドウ、コワイ。フィットネス、コワイ」


「イロハの目から光が消えてル!? よしよシ、ツラかったナ。もういいんダ。今日は休もうナ?」


「ウン……ワタシ、ヤスム」


 まるで壊れモノでも扱うみたいなやさしい手つきで、あんぐおーぐが身体を起こしてくれる。

 俺はなされるがままだった。というか自分じゃもう身体が動かせなかった。


「あはは、イロハちゃんももう汗でベタベタだね~! 下着も透けちゃってるし」


 最後のひと言は余計だ、あー姉ぇ。

 けれど、たしかに服が肌に張りついていて気持ち悪い。


「よし、じゃああたしと一緒にお風呂に入ろっか! お姉ちゃんが身体を洗ってあげる!」


「えっ、いや。それは遠慮し――きゃっ!?」


 あー姉ぇがひょいっと軽々、俺を持ち上げて運んでいく。

 だ、ダメだ!? 身体に力が入らなくて抵抗できない!?


「し、しまっタ!? おい待テ、アネゴ! こノっ……、ヌググぅ~! クソっ、ダメだ!? ワタシひとりだけの力じゃアネゴを止められなイ!?」


「おーぐも一緒に入りたいの? 仕方ないな~、じゃあみんなで一緒に入ろっか!」


「ヌワぁっ!?」


 あー姉ぇを引き留めんと抱き着いていたあんぐおーぐだったが、逆に彼女に腕を掴まれて一緒になって引きずられていく。

 俺たちはあっという間にバスルームまで連れていかれた。


「さぁ、イロハちゃん。お洋服を脱ぎ脱ぎしましょうね~?」


 あー姉ぇが俺の襟元に手をかける。

 鏡に、服を脱がされている自分の姿が映っていた。


 瞳は潤み、頬はさっきまでの運動で赤らんでいた。

 はだけられ、あらわに胸元には玉のような汗が浮かび、小さな胸元が荒い呼吸に合わせて上下していた。


「や、ぁ……ダメっ……。助けて、おーぐぅ!」


「……ゴクリ」


 助けを求めたあんぐおーぐの喉が音を鳴らしていた。

 いやいや『ゴクリ』じゃなくて!? ちゃんと助けてくれるんだよね?


「あー姉ぇ、おーぐ……これ以上は、わたし……もう、本当に」


「イロハちゃん……」「イロハ……」


 俺はふたりに懇願した。

 だが、あー姉ぇは容赦なく切り捨てた。 


「なに言ってるの? ちゃんとお風呂に入って汗を流さなきゃ、風邪を引いちゃうでしょ! ほら、バンザーイ! すっぽんぽーん!」


「ぎゃーーーー!?」


 結局、俺は容赦なく服を全部はぎ取られ、あー姉ぇたちと一緒にお風呂に入るハメになった。

 浴室はリラックスする場所、という概念は崩壊した。


 日本のお風呂とちがって洗い場がないので、お湯を張る前にまずはシャワーを浴びる。

 それから髪や身体を洗う、のだが……。


「あっ、ちょっ!? どこ触って……んぅっ!? こらバカっ! それ洗ってるんじゃなくて揉んでるでしょ!? って、ひゃんっ!? そこは自分で洗える、からっ……!」


「なに言ってるのイロハちゃん! そんなこと言って、身体が動かないクセに! それじゃあちゃんと洗えないでしょ! お姉ちゃんたちに任せなさい!」


「そうだゾ、イロハ。抵抗も弱々しくて、力が入ってないシ。ここはワタシたちに任せロ」


「おーぐの裏切り者ぉー! バカー! アホー! ……ひゃんっ!?」


 身体を洗うためと称して、いろんなところを触られてヘンな声が出る。

 ボディソープを馴染ませたあー姉ぇたちの手が、スベスベと身体中を這い回っていた。


 というか、あー姉ぇは本気で俺を洗ってるけど、あんぐおーぐは絶対ほかの目的で触ってるだろ!?

 しかし、すぐにあー姉ぇも脅威へと変わる。


「『揉む』? あ、そうだ! ついでにマッサージもしてあげる~! 今日、イロハちゃんいっぱいがんばったもんね~! お姉ちゃんからのご褒美! 筋肉痛だって言ってたし!」


「ひっ!? あー姉ぇ、そんなサービスはいらないから!? ま、待って……お願い! そ、そう! じつはむしろ、筋肉痛が起こったあとにマッサージしても逆効果で……んんぅ~~~~っ!?」


「もみもみー! もみもみー! お客さん、ずいぶんとこってますねー! いやぁ、懐かしいね~、こうしてイロハちゃんにマッサージしてあげるの。ついでに、またおしめも替えてあげよっか?」


「しなくていいから!? おしめだけじゃなく、マッサージもいらな……ひゃぅ!? あぁっ、んっ、ダメっ……そこっ、ぁんんっ!? お願い、やめっ……触っちゃ!?」


「おわっと!? イロハちゃん、危ないよ!?」


 腰砕けになって、倒れかけた俺をあー姉ぇが抱きしめて支えてくれる。

 もともと足がプルプルでほとんど自分じゃ立てていなかったのだが、今回は疲労とはべつの理由で……。


「はぁっ、はぁっ……んっ!? ダメ、なの……あー姉ぇ、そこ……ひゃんっ!? まだ、当たって……お願い、離してぇ。……”鎖骨”、触っちゃ、やぁ……なの。そこ、弱いからぁっ……!」


「ん? ここがいいの?」


「んんぅーーーーっ!?」


 俺の身体にぎゅーっと力が入り、それからビクンビクンと震えた。

 肩を揉むあー姉ぇの手が鎖骨に当たっていた。彼女がたしかめるみたいにスリスリとそこを撫でる。


「ん……あ、はぁっ!? はぁーっ、はぁーっ! あ、あーにぇ……も、もうほんとに……りゃめ、なの……だから、これ以上はゆるひへぇ……!」


「もう、わけわかんないこと言ってないで! まだ全身ほぐしてないし、ちゃんと最後までやるからね~!」


「ひぃーーーーん!?」


「あ、アネゴ……オマエ鬼畜だナ。ワタシでもそこまではできないゾ」


「ほぇ? きちく? まぁ、お姉ちゃんは”気がつく”し、やさしいからね!」


「なんにも伝わってない!? だれか助けてぇ~!?」


 もしかしたら、無自覚こそが一番恐ろしいのかもしれない。

 俺は無敵のあー姉ぇにその後も攻め続けられ、あんぐおーぐにイタズラされ続けた。


 それから3人で一緒に浴槽に浸かったりもした。

 しかし、さすがにこの人数だと狭くて、身体が密着してあっちこっちが当たってしまったり。


 そうこうしているうちに、やがて本当に俺の限界が来て……。


「きゅぅ~~~~」


「ま、マズイ!? イロハが目を回してル!?」


「イロハちゃん? イロハちゃーん!?」


 そこで俺の記憶は途切れている――。

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