第326話『ワールド・イズ・マイン』


「ん、んんぅ……ウンドウ、コワイ……、ハッ!?」


 ぱちくりと目を覚ますと、そこは自室のベッドだった。

 髪を撫でられていることに気づき、そちらに視線を向ける。


《お、ようやく起きたか。おはよう、イロハ》


《うん、おはよう。って、あれ? もう朝?》


《オマエ、ずいぶんと疲れていたみたいだからな》


《そっか》


 窓の外から朝の陽ざしが差し込んでいた。

 どうやら昨日、気を失ってから今の今ままでずっと寝てしまっていたらしい。


 ……いや、待て。よく考えたらそれ、疲れだけが原因じゃない!

 前日、あー姉ぇのせいで全然、眠れてなかったからだ!?


《って、そういえばあー姉ぇの姿が見えないけど。どこにいるの? リビング?》


 彼女のせいで、俺としたことが昨日の推したちの生配信をいくつも見逃してしまっている。

 くそう、なんたる失態か! やりすぎな運動配信や”その後”を含め、これは謝罪を要求せねば。


《アネゴならもう日本に帰ったぞ》


《え?》


《まぁ、もともとほぼ日帰りの予定だったし。オマエが目を覚まさないうちに、飛行機の時間が来たからな》


《……そっか。べつに起こしてくれてもよかったのに》


 なんだよ、あー姉ぇのやつ。なにも言わずにしれっと帰るとか。

 いたらいたでうるさいけど、いなくなるとそれはそれで……。


 はぁ~。ほんと彼女はいつも嵐のようだな。

 かき回すだけかき回して、なにごともなかったみたいにどっかに行ってしまっている。


《アネゴが言ったんだぞ。イロハのことは「そのまま寝かしておいてあげて」って》


《……ふーん。あっそ》


《そんなスネるなよ。寂しいからって》


《なっ!? べ、べつにそんなの思ってないから!》


《かわりに伝言を預かってるぞ》


 俺は「スネてないけどね」と繰り返しつつ、続きを促す。

 ちょっとだけ期待していた俺に告げられた言葉は……。


《「イロハちゃん、あたしが帰ったあともちゃんと運動を続けるように!」だとさ》


《ぐはっ!?》


《あとは「まさかチュートリアルが精いっぱいだなんて思わなかった」とか「あたしがプレイしたときはスキップするみたいに簡単だったし、すぐ終わると思ってた」とか》


《ぐふぅーっ!?》


 お前みたいな体力オバケと一緒にするな!?

 世の中にはスキップすらうまくできないVTuberだっているんだぞ!


《それから「なるべくマイとお話ししたり、会いに行ったりしてあげて」だとさ》


《……》


《今回もアネゴだけがイロハに会うことができるのを、ずいぶんと羨ましがってたそうだ》


《……うん》


《いやほんと、ジョークじゃなくて「日本に帰ったあと、あたしマイに殺されたりしないよね? 大丈夫だよね? 最近、夜に寝てるときマイからの視線を感じることがあって」って言ってたから》


《う、うん!?》


 暗い部屋の中、病んだ目でジーっと眠っているあー姉ぇを見つめるマイの姿がなぜか容易に想像できた。

 いや、電話はしょっちゅうしているんだが。


 それに、あとすこししたら会いに行くつもりだし。

 彼女に大切な用事があるんだ。とても、とても、大事な……。


《まぁ、アネゴのやつもお土産を持って帰ってたから、大丈夫だとは思うけどな》


《お土産? へぇ~、なに買ったの?》


《いや、オマエの寝顔写真だが?》


《オイぃいいい!? なに勝手に撮ってるの!? それになんで、それでマイが許す算段なの!?》


 いや、マイなら許すか。許しそうだなぁ。

 というかあー姉ぇが写真を撮っている、ということは……。


《それ絶対、おーぐも写真を撮ってるよね!?》


《……ピーヒョロー》


《やっぱり撮ってるじゃん!? 今すぐスマホ出して! 消すから!》


《い、イヤだ! だいたい、今さら写真の1枚や2枚……》


《えっ。もしかしておーぐ、これまでもこっそり撮ってたの!?》


《あっ。……な、ナンノコトダ?》


《おーぐぅ~~~~!》


 というか、あんぐおーぐもあー姉ぇもいつの間にそんな写真を……?

 いや、今回の場合はバスルームで気を失ったあとに決まってるか。


《って、ん? ちょっと待って? 一応、確認したいんだけど……その写真撮ったのって、ちゃんと服を着せてくれたあとだよね? そうに決まってるよね?》


《……》


《なんでノーコメントなの!? 児童ポルノ禁止法でふたりのこと通報するからね!?》


《ま、待て!? ちゃ、ちゃんと大事なところは隠したから!》


《やっぱり裸だったー!? こんのっ、ヘンタイー!》


《わーっ!? ……ん? あれ? イロハからのポカポカぱんちが来ない?》


 頭を抱えて衝撃に備えていたあんぐおーぐが、閉じていたまぶたをチラリと開き、首を傾げる。

 俺はその間ずっと、ベッドに横たわったままだった。


《……起こして》


《へ?》


《だから、起ーこーしーてー! 筋肉痛がヒドすぎて動けないの! だから、おーぐが起こして! これからおーぐを怒るから!》


《オマエ、言ってることムチャクチャだぞ!?》


《あと今日はおーぐがごはん作って! それからわたしを運んで! ついでにわたしのスマホを持ってきて、MyTubeを開いて再生して~!》


《やりたい放題かっ!? ったく、ワガママなお姫さまだなー》


《お姫さまじゃない!》


《はいはい》


 途中からは……自分が動けないと気づいてからは、もうヤケだった。

 普段、俺ばっかりあんぐおーぐのお世話をしているのだ。たまにはされたっていいだろう。


《まぁいいけどな。こうしてイロハが甘えてくるなんて珍しいし、悪くない気分だ。フフンっ》


《べつに甘えてないし……》


《ん~。……ていっ》


《ひぎぃっ!? ちょっと突っつかないで!? 筋肉痛に響くから……って、あの? なに考えてるの?》


《いや~。今ならイロハ、身動き取れないんだなーと思って》


《えっと? い、いったん落ち着いて? 話をしよう?》


《よし、イロハ。今日はワタシにすべて任せておけ! しっかりとお世話してやるからな!》


《ごめん。やっぱり、なにもしなくて大丈夫……イヤぁー!?》


 あんぐおーぐのいう『お世話』はその、いろんな意味でヒドかった。

 それから動けるようになるまで、しばらく俺は彼女のおもちゃにされる日々を送るハメになった……。


   *  *  *


 そんな筋肉痛地獄からようやく脱出したころ。

 すこし前に約束していた配信の日が訪れていた。その内容とは……。


「というわけで今日は、イリェーナちゃんとの――”語学配信”だぁ~!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る