第324話『チュートリアルはスキップをするように』
「オイ、イロハ。大丈夫カ? まだゲームがはじまったばかりなんだガ」
「いや、ダメかも」
>>心拍数ヤバくて草
>>イロハちゃんの心拍数をMAXにするには、ホラゲやらせるよりも50メートルダッシュさせたほうが早そう
>>バカお前、なに言ってんだ! イロハちゃんが50メートルも走れるわけないだろ!
「いくらなんでも、それくらいは走れるわ! わたしのことをバカにしすぎだから! おーぐたちからも、なんとか言ってやって!」
「「……」」
「あの、ふたりとも?」
「50メートル、カ。あやしいナ」
「そうだね、厳しいかも姉ぇ~」
「えぇっ!? わたしの評価ってそこまで低いの!?」
「少なくとモ、そんな恰好で言っても説得力は皆無だと思うゾ」
「……あと1分休んだら、ちゃんと起きるから」
「これは長い道のりになりそうダ」
横たわったままピクリともせず話していた俺に、あんぐおーぐは呆れたようにため息を吐く。
お願い。そんな目で見ないで。
「50メートルくらいなら本当に走れるのに。学校でも体育の授業とかで測ったりするし。まぁ、ドベ以外取れたことないし、なぜか先生から『イロハさん、歩かないで走ってください』って毎回、怒られるけど」
「それは走れていないのでハ」
そんなはずは、ないと信じたい。
ようやく体力が回復して、心肺も落ち着いてきた俺はゆっくりと身体を起こした。
「うん。きっと、さっきの敵が強かったんだよ! もしかしたら、あれがボスだったのかも!」
「んなわけあるカっ!」
「でも幹部くらいの実力はあったんじゃないかな!」
「どっからどーみてモ、ヤツは四天王ですらないし文字どおり最弱だロ!」
「ですよねー」
「イロハちゃん、このままじゃいつまで経っても終わらないよ! ほら、先へ進むためにスクワット!」
「なんでキャラクターを移動させるだけでも筋トレが必要なの? ぜぇ、はぁ……」
「膝に手をついちゃうダメだよ〜!」
「それじゃあただの屈伸だロ」
「ううっ……」
すぐにまた足がプルプルとしてくる。
き、キツすぎる……!
「ちがうちがう、イロハちゃん。スクワットっていうのはこうするんだよ〜!」
あー姉ぇが見かねたように俺のとなりへやってきて、お手本だと言わんばかりに身体を動かした。
シュバババ! と効果音が聞こえそうなほどの高速スクワットだった。
「できるかーっ! もう太ももが限界……」
「おーいイロハ、座ったままじゃいつまで経っても前に進めないゾ」
「ちがうし。わたしはちゃんと言われたとおり”
「あーいえばこーいウ」
「なに言ってるのイロハちゃん? しゃがむのはスクワットじゃないよ?」
「い、いや。今のは英語でスクワットはしゃがむって意味のジョークで」
「わけわからないこと言ってないで、立って! レッツ・トレーニング!」
>>アネゴがいろんな意味で強すぎるwww
>>伝わらなければ、時間稼ぎもできないなw
>>イロハちゃんファイト!
「ぬぎぎぎ……はぁ、はぁ。もう、立ち上がるだけでも精一杯……うわっと!?」
足がもつれて、すぐとなりに立っていたあー姉ぇにポフン、とぶつかってしまう。
これ幸いとばかりに、もたれかかってギュッと抱きついた。もうムリ。ちょっと休憩。
「うぅっ、立っていられない。あー姉ぇ、わたしのことを支えて」
>>あら^〜
>>これはレアな甘えんぼイロハちゃんだ!?
>>アネゴサンその役目、どうかワタシに譲ってはいただけませんか!?(宇)
「アネゴ、ズルいゾ! イロハ、抱きつくならワタシに……」
「甘えるなぁーーーー!」
「えぇえええ!?」「エぇえええ!?」
なぜかあー姉ぇが迫真の声を出していた。
「イロハ訓練兵、気をつけ! おーぐ上等兵も!」
「は、はいぃ! って、訓練兵?」「なんでワタシまデ!?」
「これからあたしのことはグンソーと呼ぶように! わかったな!」
「「……」」
「返事はどうしたー!」
「わ、わかったよ」「なぜゆエ……」
「ちがう! 頭とおしりにサーをつけるの!」
「「サー・イエッサー!」」
どうやらあー姉ぇのやつ、またどこかから変な影響でも受けたらしい。
あるいはアメリカの空気がそうさせるのだろうか? 前回、こっちに遊びに来たときも射撃場を一番楽しんでいたのが彼女だったし。
それから俺はあー姉ぇにしごかれながらゲームを進めた。
あんぐおーぐもとなりで同じだけの筋トレをさせられていた。
「「ヒィ、ヒィっ……!?」」
「いいよ~、ふたりとも! 仕上がってるよ~!」
腕立て伏せも腹筋も1回で限界なのに、俺はよくがんばったと思う。
途中でなかば気絶して「イロハが死んでるー!?」とあんぐおーぐに心配されたりもしたが……。
* * *
「や、や……やったぁあああ! これでクリアだぁ~~~~!」
>>おぉおおお! おめでとうイロハちゃん!
>>最弱設定とはいえ、まさかここまでたどり着けるとは!
>>これでだいぶ、イロハちゃんも鍛えられたんじゃない?
「よくやったイロハ、オマエが優勝だ!」
「よくがんばった姉ぇ~!」
「ふたりとも……うん、うん! わたしがんばったよぉ~!」
あー姉ぇが俺たちのことをギュッと抱きしめてくる。
俺はやりきった感に満たされていた。
コメント欄を巻き込んで感動的な空気になっていた。
まぁ、ここまで何時間もかかってるからね……視聴者もツラかったと思う!
「あー姉ぇ、わたし反省した。これから毎日がんばって運動するよ!」
「まさカ、あのイロハがそんなことを言うなんテ!?」
「イロハちゃん! ようやくわかってくれたんだ姉ぇ~! お姉ちゃんうれしいっ! けど、まずは……」
「うん?」
なぜかあー姉ぇが一歩離れた。
それから俺のかわりにコントローラーの決定ボタンを押す。
「今、ようやくチュートリアルが終わっただけだから、目標であるボスを倒しに行こっか!」
「えっ」「エっ」
>>えっ
>>あっ
>>そうなんですよね……
「も、もう運動配信なんて二度とごめんだぁーーーー!?」
前言撤回。
俺は運動なんてクソ食らえだと思った――。
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