第323話『パンツ大戦争』

「あ゛!?」「アっ!?」「うん?」


 俺とあんぐおーぐ、それからあー姉ぇの声が重なる。

 配信画面にはバッチリ、俺のBMIが映ってしまっていた。


「ギャーっ!? ワタシで隠さなキャ!?」


 あんぐおーぐが慌ててアップになって画面を覆おうとする。

 だが……。


>>おーぐがんばって!

>>けど、これはもう手遅れやなぁw

>>身長から逆算して……つまり、イロハちゃんの体重は(ピー)キロ!?


>>え、ヤバっ。軽すぎない? ガチで幼女じゃん

>>イロハちゃん、ちゃんとご飯食べないと大人になれないよ?

>>切り抜き確定www


「あちゃー、やっちゃった」


「スマン、イロハ。隠すの間に合わなかっタ」


「いや、これはだれも悪くないし仕方ないよ」


 幸い、俺は体重がバレても致命傷になるタイプではないし。

 とはいえ隠していたことがバレると、多少はやっちまった感を覚えるもんだな。


「……姉ぇ姉ぇ、おーぐ。BMIってなに?」


「アネゴ、ちょっと静かにしてようナ?」


>>ひとりだけリアクションちがったから、そんな気はしてたwww

>>ボディ・マス・インデックスの略で、体重÷身長の二乗で求められる数値やで

>>まぁ、イロハちゃんの場合は身長低すぎてBMI正しく測れなさそうやけどな


「ちっちゃい、ちっちゃいって……みんな、うるさい! あと拾ってないけど、さっきからわたしの体重をコメントしてる人たち。次に書き込んだらブロックするからね?」


>>ヒェっ!?

>>すまんのやで

>>わー、イロハちゃんオットナー! 身長たかーい!


「嫌味か!? お世辞なら京言葉くらい、わからないように言ってくれる!?」


>>イロハはんも大きなりましたなぁ

>>場所とらへんねぇ~

>>イロハはんを見つけるのは大変やわ~


「ごめん、訂正する! 全部が皮肉にしか聞こえなかった!? あーもう、身長とか体重の話はもういいからゲームを進めるよ。まずは運動の前にストレッチからだって」


 ゲーム画面に表示されたポーズをマネして、座って足を広げる。

 いわゆる開脚前屈の体勢、なのだが。


「イロハ、ストップ! 正面はマズイ!」


「え? ――きゃっ!?」


 スカートの中が見えてしまいそうになり、慌ててスカートを押さえて立ち上がる。

 じーっとコメント欄に視線を送る。


「み、見えてないよね?」


 こんなことで配信BANなんて食らいたくないぞ。

 最近のMyTubeくんは厳しいのだ。水着ですらアウトになることがあるからな。


 だから、あんぐおーぐの事務所では月額制ファンクラブサイトに独自のプラットフォームを用意していたり。

 ちょっぴり過激な内容の配信や動画なんかは、そっちで見れるようになっている。


>>チっ、おしい!

>>いや。オレの心の目には、はっきりとイロハちゃんのパンツが見えた!

>>待て、今のは黒スパッツにちがいない!


 やがて世界はパンツ派とスパッツ派に分断され、アンダーウェア大戦が勃発した。

 そこへドロワーズ派が台頭してきて、戦いは三つ巴の様相を呈しはじめる。


 しかし、やはり王道のパンツ派が強い。

 このまま優勢に勝利を収めるかに思われたそのとき、パンツ派からかぼちゃパンツ派が離反。


 一方でドロワーズ派が「かぼちゃパンツはドロワーズの一種」としてかぼちゃパンツ派を取り込み戦力の増強を図るが、かぼちゃパンツ派はそれを拒否。

 さらにショートパンツ派まで現れ、戦いはますます混沌を極めたり極めなかったり……。


「してたまるかっ!? みんなアホなこと言ってないで、今はストレッチの時間だから!」


「そうだゾ。イロハのパンツの色はワタシだけが知っていればいいんダ」


「いや、そういう意味でもないけどね!?」


「ちなみにイロハちゃんが今、履いてるパンツの色は姉ぇ~」


「なに言おうとしてるの!?」


 なんにせよ、スカートの中はギリギリ見えなかったようだ。

 斜めを向いて座り直し、今度こそ前屈を行う。


「けど、わたしストレッチって苦手なんだよねー。ぬぐぐ~っ」


「なに言ってんダ? ストレッチに苦手とか得意とかないだロ」


「……」


「オイ、イロハ? 早ク、身体を前に倒せヨ?」


「もう倒してるんですけど……」


「そうだったのカ!? オマエ、身体固すぎるだロ!? テディベアでももうちょっと前屈できるゾ!」


「そんなこと言われても」


>>イロハちゃん、ここまで酷いともはや芸術的ですらあるなw

>>この子、身体動かすことにかけては”右にしか人がいない”なぁ

>>↑勝手に新しいことわざを作るなw


「しょうがないなー、イロハちゃん! ここはお姉ちゃんが手伝ってあげる〜!」


「あっ、ちょっ、待っ!? いらないいらない! なにもしないで!?」


 あー姉ぇが俺を抱っこするみたいに身体を密着させ、腹部に手を回してくる。

 そのまま前方へと身体を倒していき……。


「ぎゃーーーー!? 折れる折れる折れるぅー!?」


>>見た目はてぇてぇ、なんだけどなぁ

>>こういう拷問器具ありそう

>>アネゴ、ムダに力強いから余計に


「ひー、ひー、ふー。ひー、ひー、ふー」


「ふぅ~、いい仕事した!」


 数秒後、俺はチーンと横たわりながら涙をこぼしていた。

 大丈夫? 股関節まだついてる? もう動けない……。


「イロハ、満身創痍なところ悪いガ、まだなにも運動してないからナ?」


「そうだった……」


 俺はのそりと身体を起こす。

 ゲーム画面を確認すると、ようやく本編開始のようだった。


「はぁ、”寄り道”してるほうが余計に疲れちゃいそうだし……。で、なにすればいいの?」


「イロハちゃんの今日の目標は、最初のボスを倒すこと! まずはどんどんザコを蹴散らしていこう!」


「ふむふむ、フィットネスで敵の体力フィットネスにダメージを与えて、魅力的フィットなボディを手に入れるわけね」


「……? 口を動かすよりも身体を動かす! ほらっ、敵が来たよ!」


「はぁーい」


 俺はイヤイヤながらもフィットネスを行い――。


   *  *  *


「い、いや~……、ぜぇっ、……はぁ……ら、楽勝、だった……げほっ、ごほっ!?」


「どこがダ!? まだザコ1体倒しただけなのニ、息も絶え絶えじゃねーカ!?」


 俺は確信した。

 この企画は……ヤバい、と。

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