第366話『毒と薬のちがいを知っているか?』

 現地民の女性は、俺が指さした場所を見ていなかった。

 どうやら彼らには、そもそも……。



 ――”指をさす”という文化が存在しないらしい。



「いや、考えてみればそうか」


 今まで意識したことはなかったが、それだってジェスチャーのひとつだ。

 指を向けられた先を見るというのは、あくまで後天的な訓練で身につけられるもの。


 彼女は困惑した様子で俺を見ていた。

 もしかしたら、俺が物の名前を問うていることすら伝わっていないかも。


「文化のちがい、か。こればっかりはチートでもどうにもならない」


 いつだったかガヴァガイ問題について話したことがあったな。

 言葉の通じない相手がウサギを指さして「ガヴァガイ」と言ったとき、その単語が意味するのはウサギか動物か白かはたまた空気か……可能性は無限大にも近く、特定できない、と。


 だが、まさかそれ以前の問題だとは。

 物について訊ねるには、まず物の訊ねかたを身につけねばならないようだ。


「ほんとまいったな、こりゃ」


「☆※●、○×」


 現地民の女性がこちらを気遣うようなそぶりを見せていた。

 俺は「大丈夫」と返そうとして……。


「うっ!?」


 と、うめいた。じくじくと傷口が疼いていた。

 そうだった。忘れてたけど、俺も病み上がりなんだった。


「ぜぇ、はぁ……」


 呼吸も荒くなってくる。

 起きたばかりなのにアレコレ動きすぎたらしい。


「▼▽」


 少し待っていろ、的なことを言われた気がした。

 彼女が家を出ていく。すこしすると、また手になにかを持って戻ってくる。それは……。


「カエル?」


 バナナの草を編んで作ったカゴに生きたまま入れられていた。

 便利だな、バナナの葉。


 彼女は木の棒でカエルを突っつき、体表の粘液を絡め取る。

 そして、それを俺の口元に差し出した。まさか、食べろって言うんじゃ!?


「※☆、●●▽」


「ぎゃーっ、やっぱり!?」


 彼女が発した言葉は、シークレットサービスの女性に薬を飲ませたときのと同じだった。

 つまり、これが薬ってこと!?


「うっ」


 虫はまだいい。けどカエルの体表って危険な寄生虫がいて、生食はかなり危険って聞いた気が。

 せっかく助かったのに、食中毒でポックリ……なんてのはゴメンだぞ!?


「●●▽」


 現地民の女性は笑顔で木の枝を差し出し続けていた。

 無言の圧力を感じる。


「ええい、ままよ!」


 俺は意を決し、ペロリとそれを舐め取る。

 瞬間、すさまじい苦みが口中に広がった。あきらかに食べちゃダメな味がした。


「~~~~!? ごくんっ!」


 びっくりして一気に飲み込んでしまう。

 舌とのどが焼けるみたいに痛い! しばらく悶えていると……。


「はぇ?」


 グニャリ、と地面がうねった。

 焦点がうまく合わない。やたらと視界がまぶしく感じる。


「にゃにこれ?」


 立ち上ろうとするがフラフラとして、バランスを保てない。

 ぺたん、と尻もちをついてしまう。


「ふへ、へへっ」


 理由もないのに、ちょっと楽しくなってくる。

 頭がボーっとして、あれだけツラかった肩の痛みもどこかへ消えていた。


 と思ったら、空に人が浮かんでいるのが見えた。

 天使がお迎えに来た? いや、ちがう。あれは……。


「うわ~! ぶいちゅーばーだ! おしがいっぱいいりゅ~。わーい、わーい!」


 天国にもVTuberはいたんだ!

 しかも、ライブを開催しているだなんて!


「きゃっきゃっ! おーぐも、あーねぇーも、いりぇーなちゃんもいる~!」


 手をフリフリしてみんなにがんばえーってする。

 みんなしゅごい! かわいい!


「あのね、わたしもいっしょに……あるぇ?」


 どうしたんだろう? みんながぐるぐるしてる。

 そんでもってすっごくピカピカしてて、ふわふわで……。


「……きゅぅううう~」


 おれは、わたしは……バタンってたおれた――。


   *  *  *


「……うぅっ」


「▲△○!? ……▲△」


 もぞり、と俺は身体を起こした。

 現地民の女性が心配そうな顔で、こちらを覗き込んでいた。


「ここ、は」


 あたりを見渡し、シークレットサービスの女性がいないことに気づく。

 代わりに自分のカバンを見つけた。


 どうやら俺は気を失ったあと、もとの家まで運ばれたらしい。

 ガンガンとこめかみあたりが痛んだ。


「ひ、酷い目に遭った」


 二日酔いにも近い感覚。

 のどがカラカラだ。


 毒を分解するために、身体が大量の水分を求めている。

 ……そう、あれは紛れもなく”毒”だった。


「●●▽」


 現地民の女性が水の入った器を差し出してくれる。

 俺はひと息で飲み干した。


「ごくっ、ごくっ……ぷはぁっ」


 俺は寄生虫の心配ばかりしていたが、そうだよな。

 よく考えると、毒を持つカエルなんて珍しくもない。


「○○※」


 現地民の女性は申し訳なさそうな表情をしていた。

 おそらく彼女からしたら治療のつもり……”薬”だったんだろう。


「毒も薬も同じ、だもんな」


 有益なら薬、有害なら毒。

 人間が名前をつけて線引きしているだけで、その本質は同じ。


 ただ、彼女が想定している以上に効きすぎたのだろう。

 まぁ俺の身体って弱っちいもんなぁ。


「クスリ、怖い。ほんともう2度とゴメンだ」


 まともな思考ができなくなっていたし、見えないものが目に映っていた。

 すごく幸せだった気がしなくもないが……それを差し引いて余るくらい、今は最悪の気分だ。


 おそらく、俺が飲んでしまったのは幻覚剤と呼ばれるものだろう。

 用量が正しければ、痛み止めとして作用したのだろうけど。


「急いでこの森を脱出しないと! こんな生活、命がいくつあっても足りない! 物理的に俺が死ぬ!」


 今回は無事で済んだが、次は助かるかわからない。

 しかし、ここで生活し続けるかぎり、似たようなことは起こり続けるだろう。


 温室育ちの無菌室出身。

 俺はとっても繊細な生物なのだ!



 そう決意してから――あっという間に数日が経過した。

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