第108話『わたしの言葉よあなたに届け!』


「……はじまった!」


 アメリカでの大統領選挙。

 いよいよ、その投票開始時刻が訪れていた。


 できるかぎりのことはしている。

 間に合うかはわからないが、秘策も打った。


 しかし、それでもどうなるかは予想がつかない。

 状況は混迷を極めていた。


「イロハちゃん、これ! ニュース!」


 マイが「作業用に」と俺が貸したノートパソコンの画面を見せてくる。

 そこにはアメリカで行われている演説のライブ中継が映っていた。


『犯罪者に手心を加えようなど、彼女・・こそ米国の敵ではないか! 敵の仲間ではないか! 我々は必ずや世界の平和を守る! 我々こそが世界の秩序となることを約束しよう! 共に敵を倒そう!』


こそが世界の敵です! 彼は戦争と殺し大好き人間に過ぎない。彼に米国を任せれば、かのアインシュタイン博士の言葉通り第四次世界大戦は「石と棍棒での戦争」となる未来が訪れるでしょう!』


 男性の大統領候補、女性の大統領候補それぞれが相手への強い批判を交えつつ、大衆へと言葉を投げかける。

 日本人の感覚からすると、そこまで言っていいのかとヒヤヒヤするほどだ。


「イロハちゃん、見るのはいいけど手も動かして!」


「ごめんっ!」


 あー姉ぇに注意され、作業に戻る。

 切迫した空気がこの部屋にも満ちていた。


「イロハちゃん、もらってたリストのVTuber全員に連絡取り終わったよ!」


「ありがとう!」


「次はなにをすればいい!?」


「次は……えっと」


「イロハちゃぁ~ん。マイもイロハちゃんの代役で、クラスメイトさんたちとやり取りしてたんだけどぉ~、次の指示が欲しいってぇ~!」


「その……」


 先細り。そうなっていることを感じる。

 チク、タクと時計の針が刻む音が、妙に部屋に響いた。


 静寂を破ったのはプルルルという1件の着信だった。

 3人の視線がそこへ集中する。


 ディスプレイに表示された名前を見る。

 瞬間、俺たち3人は自然と目を合わせ、表情をほころばせていた。


「はい、もしもし!」



《――イロハ、待たせた!》



《~~~~! おーぐっ!》


 あー姉ぇも事務所から連絡が来たらしく、自分のスマートフォンを確認していた。

 そして「キタキタキタぁ~っ!」と堪えきれなくなったという風に声を上げている。


《ついに――事務所から許可が出た!》


 あんぐおーぐの声と同時に『ピコンっ』と俺のパソコンにも通知。それが無数に連続した。

 大手事務所の所属VTuberたちから連絡が来ていた。


『私もこれから参戦するよ!』


『あんぐおーぐさんや、イロハさんの力になれるようにがんばります!』


『い、一緒にやりましょう!』


「みんな……!」


 そこにはかつて、一緒にプールへ遊びに行ったりもしたVTuber仲間たちがいた。

 ほかにも……。


【ウチらも、やっちゃるからねー!】


<スパチャのお礼を返させてください!>


[ぼくにもお手伝いさせてください!]


 かつて、コラボしたVTuberたちや、俺がスーパーチャットしたVTuberたちからも一斉にメッセージが届く。

 電話の向こうであんぐおーぐが言う。


《イロハ、今までオマエだけで戦わせてゴメン。けど、そのおかげでようやく事務所から許可が出た!》


 聞けば、あんぐおーぐは今までずっと事務所と交渉を続けていたらしい。

 しかし、突っぱねられるばかりだった、と。


 流れが変わったのは、イリェーナの切り抜きが出回ってから。

 俺たちの行動が確実に世界を変えはじめていた。


《特定の政党を擁護するような発言はやっぱりダメ。だけど、純粋に平和を訴えかけるのはいいって!》


《そうっ……!》


 パシッ、と頬を叩いて俺は気合を入れ直す。

 流れが来ているのを感じる。


「よしっ! じゃあ、あー姉ぇは配信枠取って! 直接、情報の発信をお願い! マイはこれから大手VTuberが大勢配信をはじめるだろうから、その人たちの配信や切り抜きの字幕をクラスメイトたちに頼んでおいて!」


「了解!」「わかったぁ~!」


 俺も作業の続きに戻るべく、パソコンに向き直ろうとした。

 しかし「こーらっ」とあー姉ぇに肩を掴まれ、止められてしまう。


「なにしようとしてるの? イロハちゃんがやるべきはソレ・・じゃないでしょ?」


「けど、わたしはまだやらなきゃいけないことが……」


「はい、これ」


 あー姉ぇにスマートフォンを差し出され、受け取る。

 すでに通話が繋がっていた。


『イロハさん、大変お待たせいたしました!』


「あれっ、マネちゃん?」


 相手は一緒にアメリカにも渡った、あー姉ぇのマネージャーさんだった。

 彼女は開幕、言った。


『裏方作業は全部こっちへ回してください!』


「えっ!?」


 俺は驚いてあー姉ぇに視線を向けた。

 彼女は力強く頷き、言う。


「イロハちゃんはVTuberでしょ? だったらやるべきことは配信だよ! ――”イロハちゃんの声をみんなに届けないと”!』


 聞けば、VTuberたちと同時にマネージャーたちの行動にも許可が降りたらしい。

 これまでは会社命令のせいで動けずにいたが、彼女たちは彼女たちで上司に直談判をしてくれていたとか。


「~っ! ありがとうございますっ!」


 俺たちはそれぞれで配信枠を取る。

 そして、全世界に向けて発信した。


「”わたしの言葉よあなたに届け!” 翻訳少女イロハです!」


「”みんな元気ぃ〜? みんなのお姉ちゃんだヨっ☆” 姉ヶ崎あねがさきモネでーすっ☆」


《”ぐるるる……どーもゾンビです”。あんぐおーぐです!》


 全員が、ついに集合した――!

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