第107話『大統領選挙、開幕!』

「そ、そんなぁ~!? マイにできることなんて、なんにもないよぉ~!?」


「だよなー」


「まぁまぁ、イロハちゃん。相談するだけしてみなー?」


 俺は訝しむような視線をマイに向けた。

 マイもブンブンと首を横に振っている。


 しかし、あー姉ぇは譲らず「いいから、いいから」と俺を促している。

 はぁ……。まぁ、言うだけならタダだしな。


「ええっと、じつは翻訳の人手が足りないの。って、こんなのマイに言っても仕方ないよな。多言語話者の知り合いがいるわけでもなし」


「えっ」


「『えっ』?」


 マイが困惑した様子で俺を見ていた。

 そして、おずおずといった様子で告げた。


「それなら簡単に解決できると思うけどぉ~?」


「えぇえええええ!? マイ、お前そんな知り合いがいたのか!?」


「いないよぉ~! だから、マイにはなんにもできないってばぁ~。けど、イロハちゃんならその問題、自分で解決できるよぉ~?」


「わたし?」


 俺は首を傾げた。

 いやいや、俺に頼れる相手がいなくて困っているんだが?


「思い出してぇ~? イロハちゃんにはいるでしょ、翻訳してくれそうな知り合いがぁ~」


「知り合い? いや、残ってる知り合いのVTuberはみんな、モノリンガルだし」


「知り合いはVTuberだけじゃないでしょ?」


「……いや? VTuberだけだな!」


「「……」」


 えっ、なにか間違えた?

 そんな、ふたりして呆れた目でこっち見なくたっていいじゃん!


「もうっ、たとえばマイだってVTuberの妹ではあるけど、それだけじゃないでしょぉ~? 近所の幼なじみだし、なにより――学校のクラスメイト、だったでしょぉ~!?」


「……ハッ!?」


「ようやく気付いたぁ~?」


 そうか、中学校!

 完全に忘れていた。そこは俺の意識と、そして記憶の盲点だった。


「イロハちゃん、連絡先わかる人っているぅ~? それもできれば、イロハちゃんに好意を持っていて全力で協力してくれそうな人だと都合がいいんだけどぉ~」


「あはは、そんな都合の人がいるわけ……、いるわ!?」


 すぐさまメッセージを飛ばす。

 直接の連絡先は知らないため、クラスメイトを経由して情報を流してもらう……つもりだったのだが、代わりになぜかLIMEグループへの招待が送られてくる。


 首を傾げながら『参加』をタップする。

 驚くべきことに、そのグループにはすでに100人以上のメンバーが参加していた。


『キターーーー!』


『イロハサマ、いらっしゃい!』


『まさかこのグループにイロハサマ本人が降臨あそばせるだなんて!』


 今、作られたわけではなく、もとから存在したグループのようだ。

 えっ、もしかして……。


『これ、今までわたしだけ誘われてなかった学年グループだったりする?』


『ちがいますよ! これはイロハサマのための学年ファンくらららななななな』


『↑余計なこと言ったやつは消す』


 さきほどのメッセージが『取り消しました』に切り替わる。

 学年ファンクラ……いや、うん。


「……」


 よし! 見なかったことにしよう!

 それよりも……。


『すでに事情は共有した。今こそボクがキミより優れていると証明するとき!』


『イロハサマ! 私も手伝います!』


『イロハサマのために、俺もがんばるぜ!』


『イロハサマに外国語を教えてもらった恩を、今こそ返します!』


 そこからは早かった。

 元四天王である男子生徒が陣頭指揮を執り、人海戦術で動画字幕が編集されていく。


 どうやら、マイナー言語に対してもこれだけの人数がいれば、ひとりくらいは知っている人がいるらしい。

 次々と作業が進んでいた。


 ……すごいな。

 マイに相談したら、本当に問題が解決してしまった。


「ありがとう、マイ。わたしじゃ絶対に気づけなかった」


「そうでしょー! うちのマイはすごいんだよっ! なんたって、あたしが鍛えたからね!」


「なんでお姉ちゃんが答えちゃうのぉ~!? 今、マイのターンだったよねぇ~!?」


「けど、正直マイに助けられるとは思ってなかった」


「イロハちゃん、忘れてないぃ~? まだお姉ちゃんが個人勢だったとき、手伝ってたのはマイだよぉ~?」


 そういえば、と思い出す。

 たしかに以前、そんなことをマイは言っていた。


「考えてもみてよぉ~。ガサツなお姉ちゃんがマネージャーさんもいない中、ひとりで満足に配信出来てたと思うぅ~?」


 俺はあー姉ぇを見て、力強く頷いた。


「うん! 絶対にムリだな!」


「でしょぉ~?」


「ひどいっ!?」


「お姉ちゃん、自分が興味あることしか……というか、やりたいことしかしないから。逆にやりたいと思ったことはなんでも勝手にやっちゃうしぃ~」


「あはは~! そんなこともあったかな~?」


「はぁ~。しかも、これでしょぉ~? だからトラブルが絶えなくてぇ~。マイがどれだけ苦労したかぁ~! 今では事務所の所属になって、きちんとしたお仕事だし、マネージャーさんが叱ってくれるからそんなことは減ったみたいだけどぉ~」


 マイ、なんて不憫な子。

 生き残るためにはそのトラブル解決能力が必須だったのだろう……。


「けど今回の件、解決できたのはやっぱりイロハちゃん自身の力があったからだよぉ~。これまでの選択があったからこそ、なんとかなったんだよぉ~」


「え?」


「マイにできるのは、できることだけだからぁ~。イロハちゃんが中学受験してなかったら、今の結果はなかったもんぅ~」


 たしかに、そうなるのか。

 しかし、まさかあのときの選択がこんなところに繋がるだなんて。


「なぁ、マイ」


「ん? なにぃ~?」



「学校を卒業したら――わたしの専属マネージャーにならない?」



「えっ、ええええええぇ~!?」


 ずっとマネージャーが欲しかったんだ。

 そんな才能があったなんて聞いたら、ますますだ。


 マイには一生、俺について来てもらう。

 そのためにも必ず……。


「――世界大戦を食い止める!」


 カチリと時計が動き、いよいよそのときを指し示す。

 大統領選挙、その投票がはじまった。

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