第106話『世界最高の妹』

 どっ、どういうこと!?

 今の1分で意見が180度変わってるんだけど!?


〈ではお忙しいでしょうし、これで! 私もいろいろとやることがありますから! イロハさんはとても良いお姉さんをお持ちですね! それでは”アデュー”!〉


〈えっ、あっ〉


 ブツっと通話が切れてしまう。

 えぇえええ!?


「あー姉ぇ、いったいなにをしたの!?」


「え? 手伝ってってお願いしただけだよ? ねぇ、ところで聞きづらくて相手の子には言えなかったんだけど、さっきのって結局、何語だったの?」


「それすらわからず会話してたのかよ!?」


「まぁ、ノリと勢い? みたいな!」


「はいぃいいい~!?」


 なにそれ怖い!? なんでそれで通じてたの!?

 というか、そんなどうでもいいところでだけ謙虚を発揮するな!


「ふははは! まぁ、まぁ。で、どう? お姉ちゃんも結構、役に立つだろ~?」


 あー姉ぇがドヤっと鼻を鳴らしてくる。

 俺は「はぁ~」と息を吐いて観念した。


「あーもう、わかった! わかったよ! じゃあ今、リスト送るからその人たちへの連絡は任せたよ!」


「よし来た!」


 ほかVTuberとの連絡をあー姉ぇに任せる。

 あー姉ぇは俺がやっていたより早いペースで仲間を獲得しはじめる。


 なんだよこのコミュ強。

 本当にすごいな!? わけわかんねーよ!


 あー姉ぇも加わり、これで十全! と言いたいが、まだまだ人手の足りていない部分がある。

 その最たる例が翻訳だ。


 国によってはそもそもVTuber自体がマイナーだ。

 情報発信してくれるようになったとしてもトレンドに挙がってきていない人も多い。


 俺はそういう人たちの配信から切り抜きを作っていた。

 あるいはファンが作ってくれた切り抜きに字幕をつけていた。


 それらの動画で公開再生リストを作って、宣伝と視聴者の導線確保を行う。

 より多くの国の言葉が、より多くの国へと届くように。


「あーもう、こっちも人手が足りない!」


 動画編集スキルはVTuberの必須技能といってもいい。

 すくなくともやったことがないVTuberなんてのは少数だ。


 だから、切り抜き動画の作成自体は配信者自身、あるいは知り合いのVTuberに任せられる。

 しかし、字幕はそうもいかなかった。


 ツテがないし、かといって仕事として依頼を出すのでは出来上がってくるまで時間がかかりすぎる。

 すでにアメリカでの大統領選挙の投票日は、目前に迫っていた。


「このままじゃ全然、間に合わない!」


 基本は自動翻訳で字幕をつけ、おかしな部分だけを修正する。

 そうして作業量を減らしてはいるが、それでも全然追いついていない。


 こういうとき、つくづく日本人やアメリカ人の外国語習得率の低さを痛感する。

 日本では日本語さえ覚えていれば生活に困らないし、アメリカでは英語こそ世界共通語メジャー


 俺の知り合い……というかVTuberは当然だが日本が一番、アメリカが二番目に多い。

 こういうときのために、VTuber以外の知り合いを作っておくべきだったか?


 いや、絶対にそれはムリだな!

 そんな時間があったら配信見てただろうし!


 と、頭を抱えていたそのとき。

 またしても扉がバーン! と勢いよく開かれた。


「今度はなんだよ!?」


「いいいイロハちゃん! ききき来たよぉ~! ハァ、ハァ……!」


「マイ!? お前たち姉妹は揃いも揃って、ノックくらいできねーのか!?」


 まるでデジャブみたいに現れたのは、マイだった。

 なぜかと鼻息荒く、俺に迫ってくる。


「ヒィっ!? ち、近づいてくるな!」


「な、なに言ってるのイロハちゃんぅ~? お姉ちゃんから、ハァ、ハァ……聞いたよぉ~? イロハちゃんがマイに、その、エッチなことして欲しいって言ってるってぇ~! だからマイ、ものすごく急いでここまで来て……ハァ、ハァ!」


「あー姉ぇえええ!?」


 ギロリとにらみつけると、あー姉ぇはメッセージ送信済みのスマホを見せてケラケラと笑っていた。

 テメェ、このクソ忙しいときになんて爆弾まで持ち込みやがる!?


「いやー、さすがは我が妹! めちゃくちゃ来るの早かったね! じゃあ、イロハちゃんを手伝ってあげてね」


「へ?」


 マイがキョトンと首を傾げる。

 あー姉ぇは告げた。


「言ったでしょ。イロハちゃん……"H"ELPが欲しいって!」


「お姉ぇちゃんぅううう~!」


 マイが崩れ落ちた。

 それとあー姉ぇ、そのやってやったぜって顔やめろ。ぶん殴るぞコラ。


「いいもんいいもん……ホントはわかってたもん。どぉ~せイロハちゃんはマイのことなんて好きじゃないんだぁ~。だから今回だってウソなんだろうなって心のどこかで思ってて、それでも期待せずにはいられなくって……」


「あぁ~もう! わかった、わかったから!」


 なんてカオスな状況だ!

 もう、とりあえずジャマさえしてくれなかったらそれでいいや!


 そう自分の作業に戻ろうとした。

 しかし、あー姉ぇに「イロハちゃん」と呼び止められてしまう。


「今度はなに!」


「イロハちゃんの困りごと、マイなら解決できるよ」


「……え?」


 俺はマイを見る。マイもまた「へ?」と首を傾げていた。

 あー姉ぇは自信満々に言った。


「あたしの妹は最高にすごいんだよっ!」

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