第105話『最強の助っ人』

「『成功に才能は必須じゃない。けれど運は必須なんだよ』だったよね、あー姉ぇ」


 俺はデビュー時に言われたセリフを思い出していた。

 イリェーナとのコラボ配信は、世論に火を着けた。


 切り抜きが字幕付きで作られ、一気に拡散された。

 VTuberを普段から見るおよそすべての人に、そして普段は見ない人の目にまで届いているだろう。


「今なら、いける」


 俺は改めて、各VTuberにアプローチをかけていた。

 一度は断った海外勢VTuberだけでなく、日本在住のVTuberまでもが情報発信に協力してくれはじめている。


 トレンドの変化を感じたのだろう。

 俺とはまったく接点のないVTuberも、自発的に発信してくれるようにもなっていた。


「あぁっ、クソ! けど時間も人手も足りない!」


 流れは変わったが、それでもまだ様子見をしているVTuberは多い。

 そんな彼ら、彼女たちの背中を押したいのだが俺ひとりではできることにかぎりがあった。


 忙しさに頭を抱えながら、あちこちとコンタクトを取っていると……。


「お姉ちゃんが、来たぞーーーー!」


「あー姉ぇっ!? また勝手に部屋に! あと、わたしの姉ではないからね!?」


「細かいことは気にしない気にしない」


 あー姉ぇのセリフを頭に浮かべていたからだろうか。本人が現れる。

 その脇にはノートパソコンが抱えられていた。


「ケーブル借りるよ。あと電源も。で、お姉ちゃんはなにをすればいいのかな?」


「えっ、手伝っていいの? あー姉ぇが、政治の問題に関わるのは事務所から止められてるんじゃ」


「なに言ってんの。配信で話題にあげるのが止められてるだけで、こーゆー手伝いは自由だよっ!」


 いや、絶対に自由じゃないだろ。

 あとで怒られても知らないからな?


 けど、人手が増えたのは心底ありがたい!

 ありがたい、のだが……。


「じつはあー姉ぇに来てもらっても、頼めることがあんまりない」


「えぇええええええ!? あたし今、完全に救世主だと思ったんだけど!? 『まさに、今!』ってところを見計らったのに!」


「扉の外で待機してたんかい! どうりでタイミングが良すぎると思ったよ! ……はぁ~。だって、ねぇ?」


 配信したのが俺の枠ということで、日本国内のVTuberリスナーにはすでに十分な話題が拡散されつつある。

 不足しているのは海外への情報発信だ。


 実際、俺がこうやって現在、あちこち連絡を取っている相手も海外勢VTuberばかり。

 そして、あー姉ぇの外国語は壊滅的だ。


「ブーブー! せっかく助けに来たのにさ~! いーよ、いーよ。あたしはあたしで勝手にやってるし!」


「そんな、スネられても」


 けれど、なぜだろう。

 戦力的にはとくに変わっていないはずなのに、心はすごく軽くなっていた。


 あーもうムカツク!

 なにもしてないクセに、なんで居るだけでこんなにも心強いんだ、あー姉ぇは!


「あっ、もしもし~。あっ、あたしあたし~。姉ヶ崎あねがさきモネだよ~。はじめまして~。そうなの~! それで……あはははは! だよね! あそこのお菓子めっちゃおいしくて~。あとアレ見た? ていうか――」


「……」


 おいっ、となりで普通に雑談通話しはじめたんだが!?

 ちょっぴりうれしくなっちゃった俺の心を返せ!


 と文句でも言ってやりたいところだが、そんな時間的な余裕が今はない。

 それに「やってもらえることがない」と言ったのは俺だしな。


 と、俺のPCから呼び出し音が響いた。

 またひとり、コンタクトを取っていたVTuberと連絡がついたようだ。


〈はい、もしもし。イロハです、ご連絡ありがとうございます! はい、はい……は、い……そう、ですか。いえ、わたしも決して無理強いしたいわけではないので〉


〈ごめんなさい。お世話になりましたし、私も協力したかったんですけれど、まだ……〉


 しかし、今回は朗報ではなかった。

 こういうこともある。俺が諦めて通話を切ろうとしたとき、ちょんちょんと肩を叩かれる。


「ん、なにあー姉ぇ? 自分の雑談はもういいの? わたしは今、通話中だから手が離せないよ」


 一時的にマイクをミュートにしてそう告げる。

 しかし、あー姉ぇは口パクで言った。


『貸・し・て』


 手を差し出されるが、俺はスルーした。

 『ジャマをするな』と思いつつ、通話に戻ろうとしたのだが……。


「あっ!? ちょっと!」


「ヘイっ、モシモーシ! アターシハ、アネガサキ・モネ、デース! モネ・アネガサキ! ハローハロー!」


 ヘッドホンを奪われてしまう。

 取り返そうとするが「んがっ!?」っと片手で抑え込まれた。


「ぬぐぐぐ……手が、届かない!」


 リーチの差でどうやっても取り返せなかった。

 小さなこの身が恨めしい。


 というか、あー姉ぇがしゃべってんの全然、英語になってないから!?

 そもそも相手、英語圏の人間じゃないから!? もうやめてくれぇ~!


「返しっ……返してっ、返せゴラァアアア!」


 配信用のゲーミングチェアからも立ち上がり、ぴょんぴょんと跳びはねてもダメだった。

 あぁっ、このままじゃ相手に迷惑が!


「ほい」


 それから1分ほどでヘッドホンが返される。

 慌てて装着して、謝罪を口にした。


〈すいません! うちのあー姉ぇがご迷惑をおかけして! 今のは――〉


〈イロハさん、全身全霊で協力させていただきます!!!!〉


 なんで意見が180度変わってるんだよ!?


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