第109話『伝説のVTuber』
事務所からの許可が出て、俺とあー姉ぇ、そしてあんぐおーぐはそれぞれ配信を開始した。
同時に、何人もの事務所に所属しているVTuberたちも配信をはじめてくれている。
さすがは大手。それらの影響力は今までとケタが違った。
連鎖反応を起こすかのように、VTuberファンを中心に情報が拡散されていく。
「”わたしの言葉よあなたに届け!” 翻訳少女イロハです!」
>>イロハロー!
>>イロハロー!
>>イロハロー!(米)
俺も裏方の作業をあー姉ぇのマネージャーさんやマイに任せたおかげで、配信に注力できている。
しかしマネージャーさんたち、さすがはプロだな。
彼女らの参入は、ただ作業速度が上がるだけではなかった。
手練手管が、俺みたいな素人とは比べものにならないほど多い。
たとえばMyTubeは中国をはじめとする国からは視聴を制限されている。
そういった国の人々に対しても俺たちの声が届くようにと、べつの配信プラットフォームまで活用してくれていた。
配信者本人から転載の許可を得て、動画編集、字幕、タグの設定、アップロード、宣伝など……。
俺たちだけでは、決してそこまでできなかっただろう。
「わたしには、ロシアにもウクライナにも日本にも……世界中に推しであるVTuberがいる。そして、そのファンがいる。わたしはみんなが一緒に配信を見て過ごせる明日が欲しい!」
俺はそう訴えかけながら、ちらりと視線を端にやった。
そのモニターには選挙結果の”予想曲線”が描き出されていた。
”リアルタイム・ポリティカル”というサイトの情報。
現在の得票率や過去の結果、それにSNSなどから得られるビッグデータを用いてリアルタイムで結果予想を出してくれているのだ。
今まで勢力は二分されていた。
その上で男性の大統領候補が所属する政党が大優勢だった。つい、さっきまでは。
『ウクライナとかロシアとか、どっちが悪いとかじゃない! まずは戦いをやめよう! それでもう一度、話し合おう!』
そんな第3勢力が現れたことで、状況に変化が起きつつあるのだ。
結果的に両者の差がじわじわと縮まっていた。
「いけっ! そのまま、上がれぇえええっ!」
ここには翻訳少女イロハがいる!
姉ヶ崎モネがいる!
あんぐおーぐがいる!
俺たち3人が揃えば最強だ。無敵だ。
できないことなんて、なにもない!
そんな願いを受けて、得票率の予想が上昇を続ける。
47%、48%……49%。
「あと少し!」
>>いけ!(米)
>>上がれぇえええ!
>>勝てぇえええ!
コメント欄のみんなも、気持ちは一体となっていた。
数値が49%と50%の狭間を揺れている。
そして、ついに――その拮抗が崩れた。
「……そん、な」
48%、47%……再び、数値は減少をはじめていた。
ウソだ。まさか、足りなかったのか?
《……うっ!》
「なんでっ!?」
複窓で開いていた、配信上のあんぐおーぐが声を漏らす。
同様に、あー姉ぇもとなりで表情を絶望に染める。
「……ダメ、なのか」
俺たちじゃあ、世界を変えることなんて不可能なのか?
VTuberにはそれだけの力なんてないって、そういうことか?
俺の登録者数は約100万人。
現在、活動中であるVTuberの中でもっとも登録者数が多い、あんぐおーぐですら400万人。
それに対するアメリカの人口は――3億人。
は、はは……スズメの涙にもほどがある。
いや、そもそもがムリな話。
それにアメリカの選挙システム上、マイノリティーの意見は封殺されやすい。
この結果は当然だったのかもしれない。
それに最初は「やるだけやってみよう」って話で。途中からことが大きくなってしまっただけで。
……もう、十分じゃないか。
ここまでできたなら上出来。そもそも正解のない問題。だから……。
「しょうがない」
言葉が口からこぼれた。
それが配信に乗ってしまう。
「あっ」と思った。
しかし、コメント欄はやさしかった。
>>十分がんばったよ(米)
>>イロハちゃんお疲れさま
>>おしかった(韓)
そうか。俺はここで終わってもいいのか。
そんな気分になりかけて……。
《――ふざけるな、イロハ!》
「お、おーぐっ!?」
あんぐおーぐが配信上で叫んだ。
俺が彼女の配信を複窓していたように、彼女もまた俺の配信を聞いていたらしい。
《”ショウガナイ”なんて言うな! ワタシは日本語の中で1番その言葉がキライだ! 英語の辞書に”ショウガナイ”なんて諦めの言葉は存在しない! だからっ、だからっ……!》
配信のラグを跨いで、あんぐおーぐの声が心に突き刺さる。
俺は叫び返した。
「あぁっ、もうっ! わかってるよ! わたしだって本当は諦めたくなんかないっ!」
なのに……クソッ、なんでだ!
どうして、届かない!?
俺は心底から願った。
なんでもいい。だれでもいい。どうかこの流れを変えてくれ!
>>これマジ?
>>来た
>>ウソだろ?
「……え?」
そのとき、コメント欄の流れが一気に変わった。
ざわり、という音が聞こえた気がした。
俺は流れてきた情報をもとに、とあるチャンネルを訪れた。
そこには『待機中』の文字があった。
映像には、ぽつんと電源ボタンのようなロゴだけが配置されている。
それはゆるやかに点滅し、”スリープ”状態を示している。
カチリ、と音を鳴った。
起動音とともに画面が切り替わる。
眠り続けていた、はじまりにして伝説のVTuberが目を覚ました――。
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