第110話『世界を救う歌』
『え~っと、見えてますか~? 聞こえてるかな?』
真っ白な3D空間の中に、ひとりのVTuberがぽつんと立っている。
そんな、まさか彼女は……!?
『――はいどーも! みなさん、お久しぶりです!』
彼女こそ原初のVTuber。
この世に『バーチャルMyTuber』という言葉を生み出したストリーマーだ。
「でも、なんで!?」
彼女はみんなからオヤビンの愛称で親しまれ、そして……みんなに惜しまれながら無期限の”
そのラストライブは今でも伝説となっている。
あぁっ、今思い出しただけでも泣けてきた。
彼女の活躍は目覚ましく、テレビの出演も多数。様々な感情を込めてテンポよく彼女の名前を呼ぶ”オヤビン面接”が若い世代を中心に大バズリしたりもした。
しかし、そんな動いて話す彼女の姿を見られる機会はもうないかもしれない。
……そう、思っていたのに。
>>オヤビン!?
>>ウソっ、マジでオヤビン!?
>>本物!?
『あはは~。みんな、急に私が目を覚ましたからビックリしてますね~? うんうん、わたしもです!』
>>お帰りオヤビン!!!!
>>ずっと会いたかった!
>>またキミの声が聞けてうれしい(米)
『いやー、じつは私~、せーっかく気持ちよく眠っていたのに……今、世間がすっごく騒がしいでしょ? だからビックリして目が覚めちゃったんです! 睡眠妨害されてこちとら激おこプンプン丸だよ!』
>>天岩戸かな?
>>プンプン丸wwwそれもう古いwww
>>まぁ、オヤビンはずっと眠ってたからwww
『いっ、いいんですよ! それはべつに! ともかく、そのくらい今バーチャル
彼女は俺たちに向かって微笑みかける。
あのころのままの表情で……。
『バーチャル世界に国境はない』
彼女の声は、電気信号へと変換される。
『バーチャル世界に人種はない』
彼女の声は、ネットワークを経由する。
『バーチャル世界は性別も自由』
彼女の声は、俺たちの手元で再度変換され音となる。
『バーチャル世界には戦争もない』
けれど、彼女の言葉は決してただの信号の羅列などではなく……。
『だれが、だれとでも仲良くなれるこの世界のように。だれかではなく、あなたがあなたになれるこの世界のように……』
『――あなたの世界が平和であることを願います』
彼女はゆっくりと目を閉じ、そして開く。
瞬間、ステージが切り替わり、音楽が鳴りはじめた。
「これって……!?」
そうして、彼女は歌いはじめる。
その歌はさきほどの彼女の発言を、体現するかのような歌詞と思いが込められていた。
「ウソ!? もしかしてこの曲って、わたしが用意してた――とっておき!?」
俺が裏で進めていた秘策とは、この歌のことだ。
しかし、間に合うかどうかはわからず、あとは願うばかりだった。
完成した場合には、すぐさま協力してくれているVTuberに送るようにとは伝えていた。
VTuberの側にも「届いたら歌って欲しい」と頼んでいた。
けれど、なんでオヤビンがこの歌を!?
オヤビンはスリープ状態とのことで、コンタクトすら取っていなかったのに。
「ふははは! まぁ、これも全部あたしのおかげだねっ」
「えっ、まさかこれあー姉ぇがやったの!? な、なんてことぉおおお!?」
俺は思わずあー姉ぇに掴みかかり、ガクガクと頭を揺らした。
彼女は「どうどう」と俺を落ち着かせ、不敵に笑う。
「そっ。どう? 見直した?」
「いや、見直したというか、いったいどうやって!?」
「え? それは普通に連絡取ってだけど? メッセージ送ったら返ってきたし。ていうか電話、イロハちゃんの目の前でしてたじゃん」
「!?!?!? ま、まさかさっきしてた雑談の通話相手って!?」
「そうだよ?」
「うわぁあああぁあああ!?」
「イロハちゃんが発狂した!?」
ガクガクガクと俺は痙攣を起こした。
そんな俺を、マイが「イロハちゃん、いい子ぉ~いい子ぉ~」と頭を撫でて癒し……って、オイ!
「どこ撫でてんだ!?」
「むぅ~」
マイの手を胸元から引き剥がす。
まぁ、変なことをされたおかげで短時間でトリップから回復できたが。
ともかく!
俺がそうなってしまうくらい、彼女の行いは俺の常識から逸脱していた。
俺からしてみれば、天国に土足で踏み入って神さまに直談判してきたようなものだ。
翼をもがれようと、身を焼かれようと仕方ないと思うほどの所業。
「けど……やっぱりオヤビンはすごい」
海外の彼女のファン、それに著名な人物までもが次々と彼女のコメント欄に現れていた。
そして、この歌についてSNSなどで発信しはじめる。
《ほら、見てるかイロハ。諦めなければ、世界は変わるんだ!》
配信上のあんぐおーぐがそう笑顔を見せていた。
あぁ、まったくだな……!
俺は自分が増長していたことを思い知る。
これまで散々、好き勝手に言葉を使っておいて、今度は”しょうがない”という言葉に俺自身が使われようとしていた。
そうだ、決めるのは言葉じゃない。
俺自身だ。
世界各国のVTuberたちが一斉に歌い出す。
言語がわからない相手にだって届くかもしれない――そう、歌ならば。
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