第111話『ギネス記録』
伝説のVTuberであるオヤビンをはじめ、世界各国のVTuberが歌声を響かせていた。
だれにでも、すぐに歌えるシンプルなメロディ。
ゆえに、まっすぐ伝わる想い。
この曲を作ったのもVTuberのひとりだ。
各言語における作詞をしてくれたのもまた、べつのVTuber。
VTuberというのは往々にしてマルチタレントである。
今ほど、その強みを感じたことはなかった。
「思いが、伝わっていく」
一説によると、はじまりの言語は”歌”にもほど近かったとされる。
かつて、まだ体系化された言語が存在しなかったころ。
まだ人が人になる前、鳴き声で意思疎通をしていたころ。
鳴き声と言語の中間に位置していたものこそが、歌であった、と。
「世界が、変わっていく」
あんぐおーぐもまた、配信で歌っていた。
彼女の声はその立場もあるだろう、だれよりも感情の籠もった声で英語版の歌詞をなぞっている。
あー姉ぇは「さすがにノートパソコンで歌は厳しい!」と配信を一度切り、部屋を出て行った。
歌枠をべつに取り直していた。
残念ながら俺はチートじみた翻訳能力のせいで棒読みになってしまうため歌えないが……。
だからこそ、よく状況の把握ができる立場にいた。
「……来た」
俺はその瞬間を目撃する。
減少しかけた得票予想――リアルタイム・ポリティカルが再び上昇をはじめていた。
47%、48%……。
そして、さらなるダメ押し。
「はじまったぞ! 広告表示だ!」
MyTubeの視聴者へ向け、動画広告が公開される。
マネージャーたちが打ってくれていた最後の一手だ。
最高のタイミング。
動画内ではザッピングするみたいにいろんな国のVTuberが次々と現れ、自分の意見を語っていた。
内容は同じだが、表示先の国に合わせて字幕だけが異なるそれ。
動画の元となっているのは、VTuberたちの配信や切り抜きだ。
元々、俺は多くの視聴者へ導線を引けるようにと――すこしでも多くの人に多くの国のことが伝わるようにと、切り抜き動画からマイリストを作成していた。
それを編集してくれたもの。
「ふははは! いけっ、採算無視の全ベットだオラァアアアっ!」
俺は叫ぶ。
広告を打つための費用は、俺やあんぐおーぐ、アネゴからの出資だ。
再生回数優先。
すこしでも多くの人に見てもらうため、見てもらってお金をもらうどころかお金を払う。
俺のチャンネル登録者数は100万人。
一方でアメリカの人口は3億人。
そして――MyTube全体のアクティブユーザー数は”20億人”。
インターネットはもはや、ひとつの国家なんて比べ物にならないほどに巨大な世界だ。
これまでは自分の国からの視点でしか物事が見えていなかった。
しかし、これがきっかけに人々の視野が広がっていく。
投票の終了まで残りわずか。
>>いけっ……!
49%……。
「いけっ……!」
そして、50%。
最後の抵抗のごとく、数値が拮抗する。
《いけっ……!》
【いけっ……!】
<いけっ……!>
世界中のVTuberがそんな願いと思いを込めて歌う。
あるいは言葉を発信する。
その中には流れを変えるきっかけとなった、イリェーナやオヤビンの姿もあった。
そして……。
――51%。
「越えた!」
俺はその光景を目撃していた。
数値は留まることを知らず、52%、53%と伸び続け……。
そして――シンと静まり返る。
投票終了の予定時刻だった。
「ど、どうなった!?」
答える声はない。
今はまだ、だれもその答えを持ち合わせていないのだ。
予想では最後、滑り込みで上回っていた。
しかし、実際の結果が間に合っているかどうかはわからないのだ。
1分、1秒が途方もなく長く感じた。
ピコン、と通知音。
「速報、来た!」
俺は食い入るようにモニターを覗き込む。
マイもまた、こちらへ乗り出すようにして顔を寄せてくる。
きっと今、歌枠のため自宅に戻ったあー姉ぇも、海の向こうにいるあんぐおーぐも、同じようにモニターを凝視していることだろう。
そして、その結果は……。
「あんぐおーぐのママさん――当選確実、だって!」
俺はそれが見間違いでないことを何度も確かめる。
となりにいるマイにも「合ってるよな?」「つまり、そういうことだよな?」と聞いてしまう。
「そうだよぉ~。イロハちゃんたち、勝ったんだよぉ~!」
マイが声に抑えきれない喜色を滲ませて叫んだ。
瞬間、俺は全身から力が抜けて崩れ落ちた。
「イロハちゃん!?」
イスから転げかけた俺を、マイが慌てて抱き支えてくれる。
は、はは……そうか。俺たち勝ったのか。
「あ……、あぁぁっ……」
自然と喉が震えていた。
無意識に声が漏れ出ていた。
「やっっったぁああああああ!」『やっっったぁああああああ!』《やっっったぁああああああ!》
拳を突き上げて、俺は叫んだ。
それと同時、複窓して開いていたあー姉ぇとあんぐおーぐの配信からも、声が上がった。
コメント欄もまたクラッカーの絵文字や、健闘を称える言葉で埋まっていた。
>>イロハちゃんたち、すげぇよ!
>>おめでとう!(米)
>>よかった、本当によかった!!(韓)
何十、何百、何千……あるいはそれ以上のコメントが流れていく。
しかも、言語はみんなバラバラだ。
「すごいよイロハちゃん、これぇ~!? もっともたくさんの国の人が同時試聴した配信……あるいはコメントした配信として、ギネス記録にでも乗っちゃいそうな勢いだよぉ~!?」
本当だ。すごいな、これは。
いったい、何ヶ国の人が俺の配信を見てくれていたのか。到底、数えられそうにもない。
そうして世界は救われたのだった――。
――そのはず、だった。
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