第112話『最後の着信』

 俺たちは勝ったんだ。

 ようやくその実感が伴ってきていた。


 複窓して見ていた配信のひとつで、オヤビンがやさしく笑みを浮かべている。

 そして「ふわぁ~あ」と大げさにあくびをした。


『私、また眠くなってきちゃいました。これからスリープ状態に戻ろうと思います』


>>行かないで(泣

>>復帰するんじゃないのか!?

>>もっと歌ってくれ!!!!(米)


『あはは~、ごめんね~。復帰するわけじゃなくて、今日だけが特別だったの。けれど、大丈夫。私は決して引退するわけじゃない。またスリープ状態に戻るだけ。次に会えるのはいつになるかわからないけれど……必ず、また会える。みんな、そのときまで元気でね!』


>>1日かぎりでも夢を見せてくれてありがとう!

>>オヤビンに会えてうれしかった!

>>また会える日まで!


「びえぇえええ~ん! イヤだぁ~! オヤビぃ~ん!」


 俺は配信を見ながら号泣していた。

 コメント欄から総ツッコミが入る。


>>おいイロハ、地が出てるぞw

>>平常運転に戻るのが早すぎるwww

>>おかげで勝利の余韻ぶっ飛んだわw


「そんなこと言われても、わたしの中では優先順位が……びえぇ~ん!」


 トラブル、アンチ、不祥事、家庭の事情、栄転……。

 理由はもろもろあれど、推しとの別れは少なからず悲しみを伴っている。


 もう一度彼女らに出会えるなら、なんだってする。

 もし出会えたら丸々1ヶ月狂喜乱舞してしかるべき。


 そのくらいの”奇跡”なのだ!

 むしろ、今はこんな状況だしリアクションを抑えていたのだが。


>>自分のファン放置して、自分のファン活動に集中してるの草

>>じゃあイロハは自分のファンを悲しませないために、一生配信してくれるんだよね?(米)

>>ファンの気持ちがわかるなら、当然だよなぁ?


「うぐっ!? で、でもー、学校とかあるしー、いっぱい見なきゃいけない配信あるしー、体調だって崩すことあるかもしれないしー。それとこれとはべつっていうか。立場変わればっていうか」


>>そういうのダブルスタンダードって言うんだよ

>>ちゃんと発言には責任持とうね?

>>一生現役宣言


「ともかく!」


 コメント欄にフルボッコにされた俺は、声を張り上げて流れを断ち切った。

 オヤビンの配信が終了したことを皮切りに、ほかのVTuberたちも次々と配信を終えていた。


「そろそろお開きかな? みんな、ありがとうね。ちなみに今回、たくさんのVTuberが歌ってくれた曲だけど、スローガンさえ変わらなければアレンジも自由、使用料もゼロだから。みんないっぱい歌ってね」


>>これは太っ腹

>>作詞、作曲してくれたVTuberに感謝

>>俺も「歌ってみた」出すか


「……おっ?」


 と、配信を終えたVTuberたちからメッセージが次々と届きはじめる。

 ダイレクトメッセージ、SNS、コメントなどなど。


『イロハのおかげで世界の見えかたが変わった。ありがとう。お疲れさま』


『本当はボクもいろいろ思うこともあったんだ。けど言えずにいた。キミが先陣を切ってくれたおかげで、ボクたちは発信できるようになった。ありがとう』


>>お疲れさまでしたー。イロハさんすごい! この配信、テレビ番組にも取り上げられて、公共の電波にまで乗ってましたよ!


「えっ、ほんと!? どうりで」


 まさか、テレビにまで取り上げられているとは思っていなかった。

 だがそう言われて納得した。


>>テレビを見てイロハさんのことを知りました

>>VTuber? というのはわからないけど、すごくかわいいですね

>>キミのファンになった(米)


 ここに来て、さらに視聴者の数が伸びていたのだ。

 もちろん、広告を打った効果が時間差で効いてきた、というのもあるだろうが。


「おっと、電話? 《……はい、もしもし?》」


《イロハ……イロハ、イロハ、イロハぁ~!》


>>おっ、嫁がやってきたな?

>>嫁、号泣やんけ

>>よかったな、おーぐ


 あんぐおーぐが泣きじゃくりながらなにかを言っている。

 ぐしゃぐしゃになっている顔が容易に想像できた。


《ちょっと落ち着け。なに言ってるのか全然、聞き取れないって》


《ごめっ、イロハぁっ、ううっ……ありがっ、ぐずっ……ずびっ》


《あーもうっ。はいはい、よかったね》


《うんっ……うん、うんっ! うえぇ~んっ!》


>>てぇてぇ

>>こういうときのイロハちゃん、マジで大人の貫禄あるよな

>>バブみを感じる。というかスパダリ?


>>信じられるか? これでリアル中学1年生なんだぜ?

>>つまりこれにオギャってるおーぐって

>>↑それ以上はいけない


《イロハのおかげで、助かっ……ずびっ。さっき連絡あって、ママからも直接お礼が言いたいって……ふたりでお話しできたらって――》


《おい、おーぐ!? ちょっとストップ!》


 俺は慌ててあんぐおーぐを黙らせる。

 お前、まだ配信中だぞ!? 母親がだれだとか、リアルの話をぶちまける気か!?


>>なんでここでママが出てくるんだ?

>>この間、婚前のあいさつしてたからじゃね?

>>つまり、次は結婚か!?


 幸いにも、大多数の視聴者たちは好意的に解釈してくれた。

 一部の知っている・・・・・視聴者は「あっ」となっていたが。


《す、スマン……!》


 大ごとにはならなくてよかった。

 ヒヤッとしたよ、まったく!


《けどイロハ、ありがとな。それとここ数日、働きっぱなしだったろ? しっかり休んでくれ》


《言われてみれば》


 ここのところずっとドタバタしてまともな生活を送っていなかった。

 ちらりと鏡を見ると、酷い顔をしていた。


《そういや全然、睡眠も取ってない。ていうか最後にご飯食べたのいつだっけ?》


《オマエぇ!?!?!?》


「イ〜ロ〜ハ〜ちゃ〜んぅ〜?」


 横からマイがずいっと顔を寄せてくる。

 そ、そんな怖い顔しなくたって。


「イロハちゃん、ママさん泣いてたよぉ〜? 『わたしにできることは、せめてあの子が心置きなくやれるようにご飯を用意してあげることだけだ』ってぇ〜」


「えっ」


「その唯一のご飯を放置されたら、ねぇ〜?」


「完全に忘れてた。うわ〜。これ、あとで絶対に怒られる」


「ちなみにマイはすでに怒ってるからねぇ〜? このあとはしぃ〜っかりと休んでもらうからぁ〜!」


「は、はい……」


 ともかくこれで一件落着だ。

 あんぐおーぐとの通話も終え、俺もそろそろ配信を閉じようかとしたとき……。



 ――プルルル、と電話が鳴った。

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