第113話『VTuberは最高だぜ!』
プルルルとスマートフォンに着信。
「ん? だれだ?」
俺は見覚えのない番号に首を傾げた。
このタイミングで知らない相手から電話だなんて……。
「まさか厄介ごとじゃないだろうな?」
視聴者を待たせることになるが、万が一のことがあったら困る。
俺は断りを入れ、配信音声をミュートにして電話に出た。
「はい、もしもし?」
そう、警戒しながら
一拍遅れて、返答があった。聞こえてきたのは英語だった。
《もしもし。お久しぶりですね。あんぐおーぐの母です》
《えっ!? おーぐのお母さん!?》
そういえば表示されていた電話番号、海外だったような?
どうりで知らない番号なわけだ。
《ええっと、どうされたんです?》
《いきなり電話してごめんなさいね。番号はあの子から聞きました》
《そ、それはいいんですが》
これって本物!?
けど、あまり話した回数は多くないが、演説などで何度も聞いた声とそっくりだし……。
いや、電話って送信するデータ量を削減するため、実際の音声ではなく再現された合成音声が流れるんだっけ?
だとすると、完全に記憶をアテにするわけにもいかないのか?
こんな状況なので、念のためあんぐおーぐに確認を取ってみる。
すぐにメッセージが返ってきた。
『スマン、イロハ! ママに「お礼言いたいから」って迫られて、つい電話番号を教えてしまった!』
『いや、いいよ。もともと、おーぐから「話がしたい、って言ってる」とは聞いてたし』
『けどイロハはまだ配信中だろ!? あーもう! ワタシから文句言っておくから! まだママ、そのあたりのVTuberのマナーとかよくわかってなくて』
『あはは、大丈夫。むしろ視聴者へのいい土産話になるよ』
ということで、どうやら本人で間違いないらしい。
しかし、驚いたな……。
《当選確実だそうで。おめでとうございます》
《ありがとう》
《けれど、その、いいんですか? わたしなんかと電話していて。今、とってもお忙しいんじゃ》
そう。俺以上にあんぐおーぐの母親は忙しいはずなのだ。
信じきれなかったのはそれが理由だ。
まさか、そんな中わざわざ電話をかけてくるだなんて。
《逆よ。だからこそ、時間を縫ってでも電話したのよ。そのほうが誠意が伝わるでしょう? 信頼と感謝はそうやって作るものよ。それに――”わたしなんか”でも決してないでしょう?》
《いえ、そんな。アメリカの次期大統領に比べたら》
《あなたはその、次期大統領に助力し、勝利に導いた立役者だと聞いていますけれど?》
《えっ!?》
《そのくらいの情報は、私の耳にも入ってきます》
《そんな、助力だなんて。本当にわたしたちの活動で結果が変わったなんて確証はないですし。わたしたちがなにもしなくたって同じ結果になっていたかもしれないし》
《政治とは人の心よ。そして人の心はあなたが思っている以上に揺れ動きやすいわ。そして私のコンサルタント・チームも今回、勝利できた要因としてあなたたちの存在が大きかったと認めています》
《そうなんですか?》
《えぇ。これまで政治に影響してこなかったターゲット層を一気に取り込めたのも大きかったようね。あなたの……いえ、あなた
あんぐおーぐの母親は「それとも」とイタズラっぽく付け足した。
それはどことなく、あんぐおーぐにも似たで――。
《それとも、あなたたちは……VTuberとはそんな”なんか”なのかしら? わたしはあなたをその代表だと思って連絡しているのだけれど?》
あぁ……なんだかんだ、このふたりはやっぱり親子なんだな、と思わされる。
俺は思わず浮かんだ笑みを隠すことなく、堂々と答えた。
《そんなことありません! VTuberは最高です!》
《そうでしょう? ふふっ、私も認識を改めねばならないわね。あの子にも謝らないと》
いくぶんかの後悔を滲ませた声で、あんぐおーぐの母親は言う。
《私は政治家だから、どうしても政治を中心に物事を考えてしまう。心のどこかで政治の道を外れてVTuberになったあの子を”失敗した”みたいに思ってしまっていた。けれど、決してそうじゃなかった》
《それは……けど、政治家は立派な仕事ですし》
《ありがとう。けれど、母親としては失格よ。……声を大衆へと届ける。そして大衆の声に応える。それはどちらも変わらないのにね》
《……ありがとうございます》
《どうしてあなたがお礼を言うのよ?》
《あはは、わたしにもわからないです。でも、すごくうれしかったから》
《そう。ふふっ――”VTuberは最高”ね。使わせてもらうわ。……あなたとはもっと早く、こうしてふたりで話すべきだったわね》
《えっと? それはどういう……?》
《ごめんなさい。失言ね》
しばし、逡巡するような気配。
あんぐおーぐの母親は《そうね》と口を開いた。
《
不穏な切り出しに俺は緊張した。
俺、もしかしてなにかやらかしてたりする?
《私はイロハさんを敵側のスパイだと考えておりました》
《はぇっ!?》
な、なんでぇ!?
あまりに予想外すぎて、変な声が出てしまった。
《あはは、わたしがスパイだなんてそんなバカな》
《じゃあ、イロハさん。あなたは核が落とされ、あの子の誘拐未遂が起きたあの日……》
《――どうして死体を見つけたのに、警察に通報しなかったんですか?》
あっ……あぁ〜〜〜〜!?
完全にやらかした!!!!
このままじゃ、俺と前世が――
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