第114話『前世のコレクション』
《イロハさん。核が落とされ、あの子の誘拐未遂が起きたあの日。どうして死体を見つけたのに、警察に通報しなかったんですか?》
俺はあんぐおーぐの母親に電話で問い詰められていた。
頭から血の気が引く。
な、んでそれを。
出かけた言葉を胆力で捻じ曲げた。
《な、んのことだか》
《とぼけてもムダですよ。当時、ずいぶんとステキなお召しものをされていたようですね? 目撃証言はすぐに集まったそうですよ》
ぎゃぁ~!? そうだった!
あのときは、あー姉ぇに着せられて”翻訳少女イロハ”のコスプレをしていたんだった!
いくら人が少なかったとはいえ、まったくだれにも見られていなかったはずはない。
完全にやらかしたぁ~!?
あの場面では通報するのが普通だったんだ。
いろいろあって、そこまで頭が回っていなかった。
《目を覚ましたあとでも通報するタイミングはあったでしょう? そうでなくとも周囲の人間に相談するとか。なぜ、だれにも言わなかったのですか?》
《そ、それはっ……そのっ》
《忘れていましたか? それとも面倒ごとには関わりたくありませんでしたか?》
《そ、そう! ドタバタして――》
《あぁ、そういえば。現場に残された痕跡から、あそこにいた男性を殺害した犯人と、うちの子を誘拐しようとした犯人が同一人物である確証が取れたとか》
《え!? いや、その……》
《両方の現場にたまたま、あなたが居合わせた? すごい偶然ですね》
《あ、う……》
今さらながら、俺は帰国時に機内で見たニュースのことを思い出していた。
前世の俺の死についての記事だが、情報が一部改ざんされていた。
拘束されていたなんて事実は消え、暴動に巻き込まれたことになっていた。
つまり、すでにあの時点で改ざんが必要だと判断されるほど、調査が進んでいたのでは?
うわぁ~、なるほど。
”ふたりきりで話がしたい”ってのはこういう意味か。
どうりで意味深だったわけだよ!
てっきり、感謝されるものだとばかり思ってたのに、これじゃあまるっきり逆じゃねーか!
《イロハさん、あなたはあそこに死体があると……あるいは、あの男性がいると知っていたのではありませんか? その上で、あの廃倉庫を訪れていたのではありませんか?》
《……》
ついには返す言葉がなくなってしまう。
こんなもん、どうやって言い訳すりゃいいんだよ!
俺は頭を抱え、天を仰ぎ、百面相し……。
《――ふふっ》
唐突にあんぐおーぐの母が笑った。
それからイタズラ気な声で言う。
《なんてね、冗談ですよ》
《えっ……えぇえええ~っ!?》
《まさか、あなたのような子どもがそんな犯罪に関わっているとは思っていないわ。というか、そんなに怯えなくたって一般人に犯罪の通報義務も、通報しなかったことによる罰則もないわよ》
《そ、そうなんですね》
《それでも通報するに越したことはありませんけれどね》
俺はドバドバと冷や汗をかいていた。
心臓に悪すぎるわ!? あと子どもでよかった、俺!
《えぇ。それに、あなたがあの子の友だちであることに目をつけられ、知人を人質にされて協力を強制されたわけでもないようだし。そもそも、あの亡くなっていた男性とは
……っぶねぇえええ!?
ほんとうにギリギリだった。
俺は前世の記憶をほぼ完全に取り戻している。
すなわち、やろうと思えばいつでもアカウントやコレクションなんかを回収できる状況にあったのだ。
実際、俺はそれを実行しようとしていた。
え? 死んだ人のアカウントが勝手に動いてたらトラブルになるじゃないか、って?
んなもん知るかぁあああ!
欲と……そしてなにより、貴重なグッズ類をムダにしてしまうことに比べればあまりにも些細な問題!
俺に躊躇いなどなかった!
が、そんなときにあんぐおーぐからヘルプの電話が来た。
それであと回しにせざるを得なくなっていた。
そのことがまさか、こんな形で効いてくるだなんて。
いや、けどちょっと待って?
じゃあ、もしかして俺、過去のコレクションの回収がめちゃくちゃ難しくなったのでは?
ぎゃぁああああああ!?
くそがぁあああ!? 世界情勢が落ち着いたら、どんな手段を使ってでも回収しにかかってやるぅううう!
《と、ともかく! じゃあわたしは、その……もう信頼されてると考えても?》
《もちろん。とはいえ本当にあなたが敵でないと確信できたのは、今の今なのですけれどね》
あんぐおーぐの母親は「さすがにここまで敵が、私たちに協力する理由などないでしょうし」と最後に締めた。
俺の顔は今、完全に引きつっているだろう。
思ったんだけど、もしかして、あんぐおーぐの実家に呼ばれたのって俺の監視も含んでいたのでは?
うわー、怖ぇえよこの人!?
《だから、大丈夫ですよ。あなたはあの日本人男性となんの関係もないし、データ解析によるインターネットの使用傾向や好みが、異様なまでに一致するほどの気が合う間柄だなんてこともわかっていないし、シンパシーかなにか特殊な力がふたりを引き合わせたわけでもないときちんと理解していますよ》
……!?!?!? なぁ、本当にバレてないんだよな!?
さすがに『転生』や『生まれ変わり』という決定的なワードは出ていないし、セーフだと信じたい!
俺は今、あんぐおーぐが母親を恐れた理由に心底から同意していた。
こんなん、だれでも逃げ出したくなるって!
あるいはこれくらいでなければ大統領は務まらないということか?
でもまぁ、これで本当に一件落着……。
《だから――本当に残念です》
《……え?》
《あなたは本当によくやってくれたわ。けれど、私たちは一歩及ばなかった。私たちがムダにしてしまった》
《どういう、ことですか?》
あんぐおーぐの母は言った。
俺はようやく、彼女がわざわざ電話してきた本題を知った。
《――世界の中小国家に核がバラまかれている》
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます