第318話『”お姫さま抱っこ”からは逃られない!』

「イロハちゃんしか虫刺されされてないのは、おかしい!」


 そうあー姉ぇに指摘されてしまう。

 あのハロウィン以降、あんぐおーぐはキス魔になってしまっていたから……や、ヤバい!


 あー姉ぇがいきなりアメリカに来たせいで、まだ新鮮なちゅーの痕がくっきりと残っている。

 しかも「明日できない分、今日はいっぱいしてやる!」とか言って、いつもより余計にされたし。


「ちちち、ちがうぞアネゴ!? ほラ、ワタシたちは部屋がべつべつだかラ!?」


「あれ? でも寝るときは一緒のベッド使ってるって言ってなかったっけ?」


「「ぎゃーっ!?」」


 そうだった、忘れてた!?

 前回、マイと遊びに来たとき、一緒にお風呂に入っていることとか諸々バレてたんだった!?


 あんぐおーぐも、おバカ!

 せめて「学校に通ってるときに」とか言ってくれれば、まだ誤魔化しようがあったのに!


「くそう、バカのあー姉ぇのクセになんでそんなことはちゃんと覚えてるんだ!」


「イロハちゃん? 聞こえてるよー? いないない~な~、いない~な~! あ、そうだ! 今回のお泊り中、お姉ちゃんも毎日、イロハちゃんと一緒に寝よ~っと!」


「やめてやレ!? それはイロハが死ヌ!?」


「えぇ~っ? はぁ、マイも昔は『お姉ちゃん、お姉ちゃん』って寄ってきてくれたのに、今じゃベッドにもぐりこんだだけで怒って部屋から叩き出そうとするからな~。これが思春期ってやつか~。お姉ちゃんさみしいっ」


「オマエの寝相のせいだヨ!」


「まぁともかく、そんなわけで……イロハちゃんと同じくらい、おーぐも虫に刺されてないとおかしいの! つまり――」


 今日のあー姉ぇは本当に名探偵らしい。

 俺とあんぐおーぐは「「ごくり」」とノドを鳴らした。


 ついに俺たちの秘めごとがあー姉ぇにバレて……!?



「――つまり! イロハちゃんの血はすっっっごくおいしいんだよ!」



 ズコーっ! と俺たちは揃ってズッコケた。

 そうだった。あー姉ぇはバカなんだった。


 いや、でもあながち間違ってもいないのか? どうやら吸血鬼は俺の血が好みのようだし。

 まさか、きっかけがハロウィンというところまでバレているわけじゃ……ないよね?


《え~っと、そろそろ再開してもいいかな?》


 話がひと段落ついたところで、ダンスの先生が声をかけてくる。

 その後、俺は死にそうになりながらも、なんとかコラボ曲の収録を終え……。


   *  *  *


「た、ただいま……」「ただいマー」「たっだいま~っ!」


 自宅へと帰ってきたころには、もう夜だった。

 俺はまっすぐにソファへと向かうと、そのまま倒れ込んだ。


「も、もう1歩も動けない」


 すると、あんぐおーぐが当然のように俺の上に倒れてきた。

 口から「むぎゅっ」と声が漏れる。


「ワタシもさすがに疲れたゾ」


「おーぐ、重い。暑い」


「あ~!? ふたりだけズっルーい! あたしもっ……!」


「ちょっ!?」「バカっ!?」


「ダ~~~~イブ!」


「ぎゃぁあああっ!?」「ぐェエエエっ!?」


 あー姉ぇのジャンピング・ボディ・プレス!

 攻撃はふたりに当たった! 効果はバツグンだ!


「あうあうあう……」


「うグっ……って、ギャー!? イロハがペチャンコにー!? ……イヤ、ペチャンコはもとからカ」


「今、ツッコむ余裕ない……。あー姉ぇ、とりあえずどいて」


「あははは! よっと。いや~、収録楽しかったね~。もっと踊りたかったな~!」


 俺たちはギョっとしてあー姉ぇに戦慄のまなざしを向けた。

 ば、バケモノかこいつ!?


 収録後も、俺たちがヘトヘトでシャワーを浴びてるときに突撃してきたり、騒ぎっぱなしだったのに。

 だれよりも一番、動きまわっていたはずなのに……その体力はどこからくるんだ。


「あ、あー姉ぇ? 帰りにご飯も食べてきたし、今日はもう寝よう? わたし限界……」


「ワタシも同じク」


「えぇ~!? まだまだ夜はこれからだよー!」


「お願いだから明日にしよう!? ねっ!? ほら、1日早く来ちゃった分、明日は空いてるわけだし!」


「仕方ないなぁ~、もう。じゃあ、3人で一緒に寝るとしよっか!」


「あー姉ぇはひとりで寝て!」「アネゴはひとりで寝ロ!」


「えぇ~っ、そんなこと言わないでさ~! ……はぁ、わかった~。それじゃあ、せめてイロハちゃんだけでもいいから一緒に寝ようよ~?」


「え゛っ」


「ダメなの~? ふたりはいつも一緒に寝てるのに~?」


「うぐっ!? そ、それを言われると弱いんだけど」


「それに、アメリカまで来たお姉ちゃんをひとりぼっちにするの? さみしいな~?」


「うぐぐぅっ!? ……お、おーぐ!」


 俺は助けを求めて、あんぐおーぐへと視線を向けた。

 こういうときは彼女が割り込んでくるのがお決まりだ。「イロハは渡さないぞ!」と……。


「……」


 しかし、あんぐおーぐが黙りこみ、なにやら葛藤していた。あ、あの? おーぐさん?

 やがて、彼女はスッと視線を逸らして言った。


「い、いいんじゃないカ? うン。ほらイロハ、アネゴはたまにしか会えないんだし応えてやったらどうダ」


「なに言ってるのー!?」


 まさかのハシゴ外しだった。

 いつもと言ってること、ちがうじゃん!?


「し、仕方ないだロ! アネゴの言い分にも一理あるシ」


「それはそうだけど」


「……それにワタシだって疲れてるシ(ボソっ)」


「今、小声で言ったの聞こえたけど!? わたしにあー姉ぇを押しつけようとするなーっ!?」


「ウルセーっ! ワタシはもうアネゴの寝相に巻き込まれたくないんだヨーっ! だいたいオマエも前回アネゴが来てたとき、ワタシを見捨てようとしただろうガ! お互いさまだ!」


「あーっ!? 言ったな!? わたしだってそうだよ! 今日はゆっくりと眠って……、ひゃうっ!?」


 あんぐおーぐと口論していると、突然に身体がふわっと浮いた。

 気づくと、あー姉ぇにお姫さま抱っこされていた。反射的にぎゅっ、としがみついてしまう。


「よーし、じゃあ全員の合意を得たところで、イロハちゃんの部屋にレッツゴー!」


「わたしの意見は!?」


「イロハ、オマエの犠牲は忘れなイ」


「おーぐ、絶対に許さないからなぁー!?」


 そのやり取りを最後に、バタンと扉が閉まった。

 暗い部屋の中に「ふふふ」というあー姉ぇの声が響く。


「イロハちゃん……これで、ふたりっきりだね?」


「ぎゃーーーー!?」


 俺は悲鳴を上げた――。

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