第319話『あの夏の続きを……』
お姫さまだっこ。暗い部屋。ふたりきり。
なにも起きないはずがなく……。
「イーヤーーー! 助けてーーーー!?」
「はーい、よしよーし。いい子だからジッとしようねー」
俺はまるで急に抱きあげられたネコのごとくジタバタと抵抗した。
が、ダメっ! むしろぎゅーっと力を入れられて、頬ずりされてしまう始末だった。
頬っぺた同士がもちもちと触れ合う。
あっ、あー姉ぇの肌すべすべしてて気持ちいいなぁ……じゃなくて!?
「降ーろーせーっ!? あと目が回るからやめろーっ!?」
「え~? やだやだ、もっと一緒に遊ぼうよー! くーるくーる……あっ」
「ちょっ!?」
俺をお姫さま抱っこしたまま、回って遊んでいたあー姉ぇが足をつまづかせる。
そのまま俺たちはぼふんっ、とベッドにダイブし……。
「のわぁっ!? あ、危ないでしょーが!? 倒れた場所がよかったものの、ケガしかねな――」
言っている途中で俺は気づいた。
あー姉ぇの顔がすぐ至近距離にあった。
俺はまるでベッドへと押し倒されたような形になっており……。
ジッと俺と彼女の視線が絡み合う。
「イロハちゃん、あたし……」
「ひゃっ……、ぁんっ!?」
あー姉ぇの手が伸び、優しく俺の髪をかき上げた。
指先が耳をかすめ、ぞわぞわした感覚が全身を襲う。
そのまま指先は頬を経由し、それからつつーっと首元へと滑った。
触れるか触れないかのギリギリの距離。肌がくすぐったいような、そうじゃないような不思議な感じ。
「ゃ、んっ……! あー姉ぇ……、んぅっ……!」
あー姉ぇの指先が俺の身体を弄ぶ。
首から肩、腕、そして手の甲へと辿りつく。
五指が絡め取られ、スリスリとこすりあわせられた。
あるいは爪の先を、彼女の指先が感触を確かめるみたいにツルツルと撫でてくる。
「イロハちゃんのおてて、ちっちゃくてかわいいね」
「あー、姉ぇ……ぁ、んっ……はぁ……や、めっ……はむっ、……ん、んんんぅ~っ!」
自然と吐息が熱くなる。
俺は漏れてしまう声をもう片方の手の指を噛んで耐えようとした。しかし……。
「だーめ」
と、あー姉ぇのもう片方の手に捕まえられて、ベッドに押しつけられた。
唾液で濡れた俺の指と、俺の口元の間に銀色の橋がかかった。
組み合った彼女の指が、まるで恋人つなぎの練習でもするみたいに俺の手を掴んでは離すのを繰り返す。
唾液で濡れていたそこが、かすかにクチュっと水音を立てた。
「あはは、なんかちょっと……エッチな音が鳴っちゃった」
「っ……」
これで俺はもう、顔を隠すことも、逃げることも、声を抑えることもできない。
あー姉ぇがゆっくりと身体を近づけてくる。身体を重ねてくる。
「イロハちゃん……」
「あー、姉ぇ……」
逃げ出したいくらい恥ずかしいのに、なぜかその場から動けなかった。
これじゃあまるで、俺がその先を期待してるみたいな……?
脳内では、あの夜のことが……熱に浮かされ、そして一緒に花火を見た日のことが思い返されていた。
あのときは中途半端で終わってしまった。けれど、ここに止めるものはなにもなく……。
「いい? イロハちゃん?」
「……恥ずかしいから、聞かないで」
「あはっ……うん。わかったよ」
あー姉ぇなら構わない。そんな思いが胸中にあった。
俺はその身を彼女に委ね……。
――ポフン、と俺の手があー姉ぇの頭に置かれていた。
「??????」
「え、えへへ……やったぁー! イロハちゃんが――あたしの頭をなでてくれる、だなんて!」
俺の手を掴んで自分の頭の上まで持っていったあー姉ぇが、恥ずかしそうにはにかんでいた。
あっ……、あぁー!? そういうことぉーっ!?
「ど、どうしたのイロハちゃん? そんなに悶えて?」
「いいい、いや!? なんでもないよ!?」
俺は恥ずかしさで死にそうだった。
自分が普段、あんぐおーぐに過激なことをされているから無意識に”それ”を妄想してしまっていた。
考えてみれば、あー姉ぇはそっち方面はかなりピュアピュアだし……わかったはずなのに!?
い、いやでも俺は悪くないぞ! 彼女が誤解させるような触りかたをしてくるのが悪いんだ!
「イロハちゃん……撫でて、くれないの? ふたりっきりだったら甘えてもいい、んだよね?」
「あ、あぁ~! うん、うん! もちろん!」
「えへへー」
ぐりぐりと頭を俺の胸元にごしごしと擦りつけてくる。
そっか~。身体を重ねようとしてたんじゃなくて、それがしたかったのかー。
「よ、よーしよーし」
「わふーっ」
えっ、なにそれちょっとかわいい……って、なにを考えてんだ俺は!
けど、マイも小型犬みたいなところがあるが、あー姉ぇもデレてるときは大型犬みたいだな。
「……ふふっ」
「わっぷっ!? あうあうあう~っ!」
なんだか撫でていると、本当に犬でも愛でているような気分になってきた。
気づくと、俺はわしゃわしゃわしゃ! と思いっきり乱雑に彼女をこねくり回していて……。
「い、イロハちゃん!? それっ……わぷっ、あのっ!?」
「え? ……わーっ!? ご、ごめんっ! つい、夢中になって!?」
「ぁ……」
あー姉ぇの声で我に返って、慌てて手を離す。
しかし、彼女は切なげな声を漏らして、俺の指先を目で追っていた。
「イロハちゃん……撫でるの、やめちゃ……ヤダ」
「えっ」
「なんだか、イロハちゃんの撫でかた……乱暴でちょっと漢っぽくって、あたし……好き」
「えぇっ!?」
「ねぇ、イロハちゃん。できれば頭だけじゃなくて、あたし……もっといろんなところイロハちゃんに触って欲しい、かも。あたし変なこと言ってるかな? イロハちゃん……ダメ?」
「~~~~っ!」
「きゃっ!? い、イロハちゃん!?」
俺はガバっと身体を起こして、あー姉ぇを下敷きにしていた。
もう一歩も動けないと思っていたのに、自分のどこにそれだけの”体力”が残っていたのか。
いや、ちがう。
これは――”精力”だ!
「あー姉ぇ、ごめん。”俺”、もう……ガマンできない」
こんな気持ちははじめてだった。
俺はあー姉ぇの身体へと……ん? あれ?
「……ぐー、すかぴー。くかぁ~、ごごごぉ~!」
「ね、寝てるぅーーーー!?」
えぇえええ!? ウソぉおおお!?
いやいや、さっきまでスロットル全開だったじゃん!?
「あ、あの~、あー姉ぇ? ちょっと起きてー!? 続きを……!」
「ごごご、ぐがぁ~~~~!」
「ダメだこれーっ!?」
ガクガクと揺さぶるが、ちっとも起きる気配がない。
一度寝たら、なかなか起きないことを俺は知っている。
「そ、そんな……」
子どもはスイッチが切れたみたいに眠るが、あー姉ぇも同じだったらしい。
0か100のどっちかしかないようだ。
けど、そっか……よく考えると飛行機でアメリカまで来て収録して、疲れていないはずがなかったのだ。
しかし、それはそれとして。
「の、残された俺の気持ちはどうすればいいんだよー!? あー姉ぇ、お願いだから起きてくれー!?」
結局、あー姉ぇは朝まで起きることはなく。
俺は一晩中、悶々と過ごすハメになったのであった――。
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