第317話『名探偵・シスター』


《ぜぇーっ、はぁーっ。……おぇえええ~》


《ちょ、ちょっと休憩入れましょうか》


 ダンサーのお姉さんが見かねたように言う。

 俺は残りの体力を振り絞り、フラフラと撮影エリアの外に出た。と同時にバタンと倒れた。


《イロハが死んだー!?》


《い、イキテマス……なんとか》


 床にうつ伏せになったまま答える。

 もはや疲労を通り越して、グロッキーだ。


《まぁ、モーションキャプチャは普通のダンス以上に体力食うからねぇ》


 ダンスの先生がフォローを入れてくれる。

 実際、俺たちのダンスには普通とはちょっとちがう動きが求められる。


 どうすればアバターの動きが”よく”見えるか、意識しながら踊らないといけないのだ。

 具体的には、モデルのパーツが干渉しないよう、通常よりも身体を大きく動かす必要があったり。


 さらにいえば、モーションキャプチャスーツを着てるから動きづらいし。

 蒸れて暑いし。


《ほい、イロハ。お水ー》


《……う、動けない。おーぐが飲ませて》


《ったく、仕方ないヤツだな~》


《あはは、本当にふたりとも仲良しだね〜》


《《そ、そんなことないですよ!?》》


《息ピッタリ》


 そう、ダンスの先生が茶化してくる。

 ちなみに、ダンスの先生もただのダンサーではなく、モーションアクターでもある。


《でも、イロハちゃんはもうちょっと普段から運動したほうがいいかもねぇ》


《うぐっ!?》


《言われてるぞー、イロハ》


《ち、ちがうもん。わたしが踊れないんじゃなくて、みんなの踊りがうますぎるだけだもん》


 あー姉ぇはもとから運動神経がいいこともあって、ダンスがキレキレだ。

 それに動きもダイナミック。


 あんぐおーぐも俺よりは体力があるし、なんだかんだ3Dの収録には慣れている。

 悲しいことに俺だけ、ダントツでヘタクソだった。


《まぁ、ワタシはそんなイロハのぎこちないダンスも嫌いじゃないけどな!》


《ありがと〜。けど今回は大舞台だし。個人の配信に比べてクオリティを重視しないと》


 ほかのVTuber全員、イベントに向けてすごく力を入れてきている。

 だから、それに見劣りしないようにしないと……彼女らの足を引っ張るのはイヤだ。


 それに、いつもなら俺を……翻訳少女イロハを知っているファンばかりだが、今回はほかのファンも多い。

 そうなるとファンの”共通認識わかってる”にばかり甘えていられない。


《ていうか、逆にあー姉ぇはなんでまだあんなに動けるの》


「見て見て〜スタッフさん! いくよ? よっ、ほっ、とぉっ! ドヤぁ〜! すごくないあたし!? アイアム・グレート・スーパー・ハイパー・ガール!」


 あー姉ぇは休憩時間にもかかわらず、ひとり撮影エリアの真ん中でバク転を披露していた。

 いや、すっご!? なんという身体能力、なんという体力オバケ。


「あとでデータプリーズ! ショート・ドーガ、アップロード!」


《オーケー、オーケー》


 スタッフの人が笑いながら、あー姉ぇに付き合っていた。

 やがて満足したのか「喉乾いた〜」言いながら、彼女もこちらへやってくる。


「なになに〜? みんなテンションがヒクーイだねぇ〜、イエー!」


「聞き取りづらいかラ、普通にしゃべってくレぇっ!?」


「あはは……ほんと、あー姉ぇの元気を分けてほしいよ」


「じゃあ分けてあげる〜! ぎゅぅ〜~~~っ!」


「ひゃうっ!?」


「グハっ!? アネゴ、離れロ!? 暑苦しイっ!?」


 あー姉ぇに、俺とあんぐおーぐがまとめて抱きしめられた。

 俺たちはグイグイと彼女を押し返して、距離を取ろうと抵抗する。


「放・し・てぇ~っ!」


「放セェ~っ!」


「放さないよぉ~ん! むしろ……もっと、ギュッギュ~~~~!」


 ぐえっ!? なんだこいつ、握力50キロくらいあるのか!? 握りつぶされるっ!

 あと、本当に暑い! 頼むから離れてくれ!?


「あーもう、これだけ元気なら今回は・・・風邪引かなさそうだね。この間のハロウィンもずっと全裸だったけど、平気だったみたいだし」


「そんなのヨユー、ヨユー! というか、あたし……人生で1回も風邪引いたことないし!」


「んっ!?」「ンっ!?」


 俺たちは顔を見合わせて「「あ~」」と納得した。

 バカは風邪を引いても気づかないだけじゃなく、風邪を引いたこともすぐ忘れるんだなぁ。


 のどもと過ぎればというか、なんというか。

 そんな風に呆れていると、あー姉ぇが「あっ!」と声を上げた。


「全裸……そうだ! いいこと思いついた!」


「それは絶対悪いことだから、あー姉ぇ! 思いとどまって!?」


「そうだゾ、アネゴ! 一旦、落ち着いテ……!?」


「イロハちゃん……暑いなら今だけスーツ脱いじゃえばいいんだよ! あたしが手伝ったげる! それ~っ!」


「ぎゃーーーーっ!?」


 ぐいーっとタイツが引っ張られて、俺の素肌が肩口から露出する。

 俺、この下ほとんど全裸なのに!? ……だ、ダメぇ~っ!?


「……ん? あれー?」


 と、俺を脱がしていたあー姉ぇの動きが止まる。

 彼女はじぃ~っと露出した肌に視線を向け、それからコテンと首を傾げた。


「イロハちゃん……そんないっぱいの虫刺され、いったいどうしたの~?」


「へっ? ……ひゃっ、ひゃぁわぁ~~~~っ!?」


 俺は慌ててタイツを引き上げたが、遅かった。

 騒いでいたから、スタッフさんたちの視線は俺たちへと集中しており……。


《《《あっ》》》


 あー姉ぇ以外の全員がなにかに勘づいたらしく、顔を赤くしてスッと視線を逸らした。

 それからチラチラと、俺とあんぐおーぐを交互に見ていた。


 こ、心の声が聞こえてくるんだが!?

 「へぇ~! やっぱり、ふたりってそういう関係だったんだ~!」って、みんなの目が言ってるー!?


 いや、ここはポジティブに考えよう。あー姉ぇにさえバレなきゃセーフ!

 と、思っていたら……彼女はいきなり、ぐいーっとあんぐおーぐのタイツまで脱がした。


「ギャーーーーー!?」


「ふむっ、なるほど! お姉ちゃんは名探偵だから気づいちゃいました。この『虫刺され事件』には、不可解な点……いや、ナゾがある!」


 あー姉ぇはビシィッ! と俺たちへ指を突きつけた。

 な、なにぃ!? そ、それはいったい!?


「そのナゾとは、虫刺されのはずなのに――イロハちゃんしか刺されていないことだよ!」


 し、しまったぁーっ!?

 なんであー姉ぇのやつ、こんなときばかり勘がいいんだー!?

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