第316話『トラッキング・スタジオ』

「う、ううっ……ひっく」


「お、オウ……まぁ元気だセ、ナ?」


「うん……」


 うなだれる俺にあんぐおーぐがそう、慰めの言葉をかけてくれる。

 俺は服を脱ぎながらボヤく。


「『やる気が感じられない』って、わたしだって練習サボってたわけじゃないのにぃ」


「あの人、結構厳しいからナー。けどビックリしたゾ。ワタシたちがほかのVTuberにあいさつしてからブースに来たラ、なぜかスパルタレッスンがはじまってるシ、イロハが半泣きになってるシ」


「い、言わないで!」


 大人になってからの説教はなかなかに堪えるものがあった。

 なによりチートの影響で棒読みだったころはこんなこと言われなかったのに! 理不尽だーっ!?


「あたしはね~、イロハちゃんにはあれが足りないと思うな~! あれ! 空気!」


「いや、さすがのわたしもあー姉ぇよりは空気読めるよ?」


「多分、アネゴは肺活量って言いたいんだと思うゾ」


「そうそれ!」


「そんなこと言われても」


 それは俺じゃなくて、この身体に言ってくれ。

 「まるで成長していない……」なんて言葉は、むしろ俺が言いたい!


「と、ところで。一応、念のために聞くんだけど……来ていたVTuberってだれだったの?」


「アァ、海外のVTuberたちだったゾ。向こうも国際イベントに向けての収録だってサ」


「へ、へ〜?」


「直接会うのははじめてだったけド、すごくいい子たちだったナ。ワタシやオマエもコラボしたことのある相手で……」


「わー!? そ、それ以上は言わなくて大丈夫~っ!」


「まったク。オマエは知りたいのカ、知りたくないのかどっちなんダ」


「知りたいけど、知りたくないのぉっ!」


「つまりどっちもカ。難儀な性格だナ、相変わらズ」


「……ところで〜」


 と、あー姉ぇが口を開いた。


「どーしてふたりは、そんなにも端っこで着替えてるの~?」


 俺とあんぐおーぐの肩が揃って、ビクゥっ! と跳ねた。

 まだ踊ってもいないのに、ダラダラと俺たちの額から汗が流れ落ちていた。


 今、俺たちは更衣室で着替えている最中だ。

 歌の収録が無事、とはいかないが終了したので……今度はダンスの収録、なのだが。


「ななな、なんのこと!?」


「そそそ、そうだゾ! アネゴの気のせいダ!」


「そうかな~?」


 あんぐおーぐが俺の素肌をあー姉ぇの視線から庇うように、立ちふさがった。

 俺は慌てて、誤魔化しにかかる。


「そ、そうだよ! ほら、あんまり待たせても悪いし。急いで着替えちゃおっ!」


 俺はあんぐおーぐの背に隠れながら、そそくさとモーションキャプチャスーツを身にまとった。

 あとで関節などの各部にトラッキング用のマーカーをつけてもらうが、今はまだ全身黒タイツだ。


 そんなわけで……『全身タイツ』萌えではない人以外は、Tシャツ短パンで美少女たちがキラキラと汗を流しているイメージで上書きしておいてくれ。

 実際、本番はともかくレッスン中はそんな感じだし、完全なフィクションというわけではないからセーフ!


「う~ん。やっぱりふたりとも、なーんか隠してる気がするんだよね~」


 そんなあー姉ぇの視線から隠れつつ、俺たちはそそくさとトラッキングスタジオへと向かった。


   *  *  *


「へー、このスタジオはじめてだけど立派だね~。スタジオ、ビッグ! スゴーイ!」


 トラッキングスタジオに入るやいなや、あー姉ぇが叫ぶ。

 それを見て、ダンスの先生が「アッハッハ!」と笑っていた。


《アネゴさんは元気ねー! けど、さすがにあなたたちの事務所のスタジオには負けるわ。聞いたわよ、すこし前に新しいビルが建ったんでしょ?》


《あ~、アレな。ワタシも何回か収録で行ったことがあるが、広すぎて逆に落ち着かなかったぞ》


《おーぐたち、建物の壁にサインを書いたりもしてたよね。けど、そっか~。やっぱりスゴいんだ?》


《アレ? そういえばイロハは来たことなかったか》


《うん。というか、行ったら推しとニアピンしちゃいそうで避けているというか》


《マァ、ありえるナ》


《でしょ? たしか新しいスタジオって900万円のカメラが200台もあるんだっけ? となると……カメラだけで20億円! さすがは最大手事務所だよねー》


 そのおかげで高精度に大人数を同時に3Dトラッキングできたり、広い空間を動き回れたりする。

 VTuberの可能性を広げる……そのためなら、いくらでも俺たちのスパチャを持っていけ!


《はい、アネゴさんそこに立って。動かないでくださいねー》


「あー姉ぇ、ジッとしてないといつまでも位置合わせが終わんないよ? わたしたちの番もあるのに」


 スタッフさんにマーカーをはじめとするアレコレをスーツに装着されたあー姉ぇが、周囲をカメラで囲まれたの撮影エリアの真ん中に案内され、立たされていた。

 T字ポーズを取らされているのだが、キョロキョロと落ち着きがない。


《はーい、オッケーです。じゃあ次は関節合わせるので……》


 あー姉ぇが指示された動きを順番にこなし、関節の可動域などを合わせていく。

 それは、まるで体操をしているかのようにも見えた。


 次はあんぐおーぐ、最後は俺……とひとりずつ順番に同じことをする。

 そこまで終えてようやく準備完了だ。


「あたしこういうの苦手なんだよね~。毎回メンドウくさい! ナシでできるようになってくんないかな~」


「その気持ちはちょっとわかるけどね」


 だが、世の中には少数だが”中身がいるタイプ”のVTuberも観測されているという。

 そういう人の場合、アバターと中身で身長差があったりもするので余計にこういう作業が重要になってくる。


 もちろん……基本的にVTuberに中の人なんていないがな!

 普通にカメラで撮っているだけに決まっているがな!


 なんにせよ、まだまだ発展途上の分野、技術。

 これからグングンと伸びていくことだろう。


《はい、じゃあみんな並んでくださーい。とりあえず立ち位置と振りつけを確認していきましょうか。はい、ワンツー・ワンツー!》


 そんなわけでダンスの収録がはじまった――。

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