第315話『レコーディング・スタジオ』

「あー姉ぇ、いったいどうしてここに!?」


「前に言ったでしょ? マイは学校があるからムリだけど、あたしは収録の都合でこっち来るって」


 ピコン、とスマートフォンがメッセージの受信を知らせる。

 見れば『お姉ちゃんばっかりズルいぃ~!』という文章と、泣き顔のスタンプがマイから届いていた。


「いや、そうじゃなくって」


「ん?」


 首を傾げているあー姉ぇに、俺たちは顔を見合わせる。

 代表して俺は彼女に尋ねた。


「あー姉ぇ、その予定って……明日じゃなかったっけ?」


「へっ?」


 今回、あー姉ぇがわざわざアメリカまで来たのは、VTuber国際イベント用の収録のためだ。

 もっといえば、俺たち3人のオリジナルコラボ曲の収録のためだ。


 俺の3Dお披露目のときに歌って以来、その曲があまり日の目を見ていなかったのは、さておき。

 当然、俺とあんぐおーぐにも同じ収録の予定が入っているわけで……。


「……ふむ?」


 あー姉ぇはポチポチとスマートフォンを操作した。

 その後、状況を理解したらしく「フっ」と鼻を鳴らして、肩を竦めた。


「まっ! そういうこともあるよね~っ!」


「こいつ、スケジュール勘違いしてやがったな?」


「いや~、どうりでだれも空港まで迎えに来てくれないわけだよ! お姉ちゃん寂しいっ、ってなってた!」


「バカだ……バカがいるゾ、イロハ」


「落ち着いて、おーぐ。あー姉ぇがバカなのはいつもでしょ?」


「そうだっタ」


「細かいことは気にシナーイ! せっかく早く着いちゃったし、なんか遊ぼーよー! というか……さっきからずっと気になってたんだけど、ふたりしてソファの上でなにしてるの~?」


「「~~~~っ!」」


 俺たちは慌てて身体を起こし、距離を取った。

 乱れた服を整えながらあー姉ぇに言う。


「ななな、なんにもしてないガ!?」


「そそそ、そうだよ! いかがわしいことなんて、なにもしてないよ!」


「オイっ、バカイロハ!?」


「あっ!?」


 あー姉ぇが「じぃ~」と俺たちを訝し気に見ていた。

 ううっ、これは完全にバレ……。


「なーんだ! なにもしてなかったのか~! あたしてっきり、おーぐがイロハちゃんを襲ってちゅーしたりおっぱい揉んだりしてるのかと思っちゃったよもぅ~!」


「「ゲホッ、ゴホッ!?」」


「けど、なにもしてないってことはふたりとも今、ヒマってことだよね~。よしっ!」


 あー姉ぇがプルルルとどこかへ電話をかけはじめる。

 今度はなにをするつもりだ!?


「ヘイ、モシモーシ! アターシ、アターシデース! イエース! トゥデイ・イエーイ! オーケー? ダンスとラララ~♪ ヘイヘイ、レッツゴー!」


「アネゴー!? 頼むかラ、その恥ずかしい英語をやめてくレー!?」


 あー姉ぇのトンデモ英語……”アネ語”にあんぐおーぐが悶えたのも、つかの間。

 彼女は「サンキュー!」とあっという間に電話を終えて……。


「イロハちゃん、おーぐ! 今からスタジオに行くよ~!」


「えっ!? な、なんで?」


「いや~、だってあたしもう『歌うぜ~! 踊るぜ~!』ってテンションだったからさ~」


「???」


「予定ずらして今から収録しにいっていいか聞いたら、『カモーン!』ってさ!」


「えぇ~っ!?」「エェ~っ!?」


 もしもゲームのようにステータスが見えたなら、アネゴの『行動力』と『コミュ力』のパラメーターはカンストしているにちがいない。

 俺はそんなことを思った。


   *  *  *


《すいません、すいません! うちのあー姉ぇがすいません! 急遽、予定を空けていただいて!?》


《はっはっは、気にしなくて大丈夫だよ。ちょうどボクらも、別件の収録で集まっていたし》


 俺たちは先導されながら廊下を進んでいた。

 今回、歌とダンスは別撮りの予定だ。そこで「まずは歌から」とスタジオを案内されていた。


《そうだ。ちょうどすぐそこに、さっきまで収録していた子たちが。キミたちが来ると聞いて、よければあいさつがしたいと言っていたよ。彼女らもVTuberで……》


《ぎゃーーーーっ!?》


 俺は走って逃げだした。

 廊下の端で小さくなって、ギュッと目をつむる。


《……あ~。ワタシたちだけであいさつしてくるから、イロハは先に行ってろ》


《ううっ、ごめんね。任せた。相手の子に謝っておいて》


《気にしなくても大丈夫だろ。オマエ、もとからレアキャラ扱いされてるし》


《えっ? それは初耳なんだけど……? まぁ、とりあえずわたしはブース入っとくね》


「よし、じゃあおーぐ! 一緒にかわいい女の子をナンパしちゃうか~っ!」


「ヘンな言いかたをするナ!?」


 あんぐおーぐたちを見送り、俺はひとりレコーディングブースへと足を踏み入れる。

 真っ先に目についたのは、室内に並んだ3本の立派なマイク。


 ブース内には独特の空気が漂っていた。

 毎回思うのだが、なんだろうこの感覚。


 緊張感、も当然あるのだが……防音のために密閉されているからだろうか?

 まるで空気が”ぎゅうぎゅう詰め”になっているような、そんな感じがするのだ。


『イロハちゃんはそっちのマイクねー。待ってる時間がもったいないし、軽く声出ししておきましょうかー』


《わかりましたー》


 指示された場所に立つと、正面のガラス越しにコントロールルームの様子が見える。

 さっき自ら出迎えて、ここまで案内してくれたプロデューサーの姿もそこにあった。


「あ~、う~、お~♪」


 そんなこんなで俺はがんばった。

 そりゃもう、めっちゃ一生懸命に歌った。そんな俺の評価は……。



《イロハちゃん、キミ――スタジオに練習しに来てるの?》



《ぐふっ!?》


 グッサァアアア! と言葉のナイフが突き刺さり、俺は吐血した。

 これが俺の全力じゃい!? あと、せめてもうちょっとオブラートに包んで言ってくれー!?

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