第308話『Re: VTuber国際イベント』

《シテンノーくん!? こ、これはちがくて!?》


《し、しっかりするのよシテンノー! 大丈夫、まだ傷は浅いから!?》


 シテンノーがじっと俺の首元に視線を向けていた。

 弁明しながら、慌ててマフラーを巻きなおしてキスマークを隠す。


 さすがの俺も、告白までされたら好意を持たれていることくらいわかる。

 多少は配慮しないと、と思っていたのだが……しかし、彼は「フっ」と笑った。


《おいおい、まったく。なにを慌ててるんだ? どうせ、例の同居人にイタズラされただけだろ? それくらいボクにはわかるぞ。仲がいいもんな》


《え? たしかに、そうなんだけど……あれ?》


 予想外にもシテンノーは冷静だった。

 ちょっと肩透かしだが、まぁそれならそれで……。


《そそそ、そうだ、そうに決まってる。だだだ、大丈夫。コレはだから、それで、あれだから……》


 シテンノーは滝のような汗を流し、足は小鹿のように震え、目は左右がちがう方向を向いていた。

 全然、大丈夫じゃなかったー!?


《イロハに男? 恋人? そんなバカなありえない。これはきっと夢。現実じゃない。そうだボクの夢は蝶になることだった。どこか遠くへ羽ばたいて……》


《シテンノーくん、落ち着いて!?》


《シテンノー、アンタの夢はそんなんじゃないでしょーっ!?》


《あばばば! ――バタンキュ~》


《し、シテンノーく~んっ!?》《し、シテンノ~っ!?》


 シテンノーは脳でも破壊されたかのように、目を回してぶっ倒れた。

 彼はそのまま救急車で運ばれていき、学校を早退した。


 ……1限目より早く帰っても「早退」と呼ぶのだろうか?

 まぁ、それはともかく。


《な、なんというか……ホントにすまん》


 なんだか大変なことになってしまった。

 俺だって、もしも推しがそんなことになってたら同じ反応をするだろうし、気持ちはわからなくもない。


 半分は俺のせいだし、アメリカの救急は高い。費用くらいは俺が負担してやるか。

 ……けど、この金があればその分、スパチャ投げたりガチャ回したりできるんだよなぁ。


《……》


 いやー、シテンノーには悪いことをしてしまったからなー。

 次会ったとき、しっかりと”謝って”おこう! うん、それがいい!


   *  *  *


 そう構えていたら、翌日。

 数日は寝込むかと思っていたのに、すぐにシテンノーは登校してきていた。


《やぁ、おはようイロハ! 今日もすがすがしい朝だな! はっはっは!》


《……お、おはよう?》


《あぁ、おはよう! みんなもおはよう!》


 なぜかシテンノーはやたらと元気だった。

 ていうか、大丈夫かこれ? キャラ変わってない?


 女子に「なにごと?」と視線を向けるが、ブンブンと首を振られてしまう。

 仕方がないので、自分で話しかけた。


《えっと、昨日はごめんね? でも本当に”そういうこと”じゃないからね?》


《……昨日のこと? イロハはおもしろいことを言うな! 昨日はなにもなかったじゃないか!》


《あっ》


 俺は察した。シテンノーのやつ、ショックで記憶を……。

 しばし考え、俺は深く頷いた。


《うん、昨日はなにもなかったね!》


《そうだとも! はっはっは!》


《あ、ところでイロハちゃん……いや、イロハ師匠に相談したいことがあるんだけど。もし好きな相手にほかの”恋人”がいた場合……》


《ぐわーっ!? あ、頭が割れるぅーっ!?》


 女子の言葉を聞いた途端、シテンノーが頭を抱えて悶えだした。

 というか、今の質問わざとだろ。


《……とまぁ、こんなことになってるんだけどどうしたらいいかな、イロハ師匠。なんだか、さらに難易度・・・が上がった気がしてるんだけど、アタシ》


《わ、わたしに言われても》


《だよねー。いやほんと、これからどうしたもんか》


 なんだか、女子からは苦労人の気配が漂っていた。

 難易度というのがなんの話かはわからないけど……が、がんばってくれ。


   *  *  *


 そんなこんなで一連のハロウィン騒動が収まった、その日の晩。

 仕事用のアドレスに1件のメールが届いた。


「……ついに来たか」


 俺はそこに書かれた文章を見て、呟いた。

 と同時にLIMEに複数のメッセージが届く。


『イロハちゃん! ついにこのときが来たね~っ!』


『イロハちゃんぅ~、お姉ちゃんから聞いたよぉ~! いよいよだねぇ~!』


『イロハサマ、連絡きましたか!? 今日か明日、打ち合わせを……』


 リビングで返信していると、あんぐおーぐが自分の部屋から飛び出して来た。

 叫ぼうとして……しかし、立ち止まって噛みしめるように言った。


《いよいよだな、イロハ》


《……うん》


   *  *  *


 数日後、各事務所からその情報が発信されていた。


 あんぐおーぐの事務所でも『重大発表』と銘打った生配信が実施されていた。

 司会進行役のVTuberが神妙な面持ちで告げる。


「ではみなさん、発表します。よーく聞いてくださいよー。なんと! ついに……!」



「――”VTuber国際イベント”が再び開催されます!」



>>うぉおおお!? マジ!?

>>あの事件で開催中止になって、そのままだったやつ!?

>>ヤバい! ずっと待ってた!!


 コメント欄が一気に加速する。

 SNSに驚きの呟きが溢れ、一瞬で世界のトレンドをかっさらう。


 そう、いよいよ大規模VTuberイベントが再公演されるのだ。

 といっても、出演者である俺たちは準備のためにもうずっと前から知っていたのだが。


 そして、情報解禁の連絡が昨日のメールだったわけだ。

 ……とうとう、ここまで来た。


「というわけで本日はゲストをお招きしたいと思います。あーあー、繋がりますかね? ……あれ?」


 ピコン、と俺のパソコンに確認のメッセージが飛んでくる。

 俺は緊張と興奮を抑えるため、深呼吸していた。


 世界中からVTuberが集まって、大規模ライブを行う。

 俺はそれを見るためにアメリカへ行き、死に、そして……転生した。


 本当に長い道のりだった。

 俺はこれまであったできごとを思い返しながらマイクをオンにし、慣れたあいさつを口にした。



「――”わたしの言葉よあなたに届け!” 翻訳少女イロハです!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る