第307話『小盛が注文できない料理店』
――”聞き間違い”は恐ろしい。
それはとある定食屋さんでのできごと。
そのお店ではごはんの量を自由に選ぶことができた。
小盛り、並盛り、大盛り、特盛り。
俺は意気揚々と特盛を注文して平らげた。が、おかずが中途半端に余ってしまっていた。
しかし大丈夫。その店ではおかわりも無料だ。
俺は腹の具合と相談して、店員さんに注文を告げた。
「ご飯のおかわりお願いします。――”
「アイヨー!」
店員さんが元気な返事ともにどんぶりを受け取って、30秒後。
ドン! とマンガみたいに盛られたどんぶりが俺のテーブルに置かれた。
「!?!?!?」
「オマチドー! ”
俺はすぐに気づいた。聞き間違えられてるぅー!?
腹8分目にご飯の特盛り。それは紛れもない地獄だった。
しかし、ここで残せばこの米は廃棄される運命。
誤解とはいえ、自分が注文した以上は……。
「うっぐ、えっぐ……」
ちょびっとだったおかずはすぐになくなった。
最後のほう、ぶっちゃけちょっと泣きながら白米だけで特盛りを食べきった。ほんとキツかった。
そして、誓ったのだ。
次に頼むときは、決して誤解が生まれないようにしよう、と。
* * *
それから、べつの日。
俺は同じ定食屋さんで、おかわりを注文しようとしていた。
きちんと前回の失敗を覚えていたし、対策もバッチリ考えてあった。
今度は誤解がないように、と俺はこう告げた。
「おかわり。――”
「アイヨー!」
これならば「特盛」に間違えられることはまずないだろう。
それに、もしかしたら……この店では『小盛り』のことを「しょうもり」と呼ぶルールなのかもしれない。
だから、パッと「こもり」と言われてもわからなかった。
うん、十分ありえる説だ。と、我ながら冴えわたった推理に頷き……。
「オマチドー! ”
なんで、また聞き間違えられてるのー!?
特盛りよりはマシだけど、それでも量が多すぎる!?
俺はまたしても泣きながら全部、食べた。
白米オンリーで食べていると「あれ? もしかして俺が悪いのか? じつは滑舌や発音が悪かったのか?」と1周回って自分が信じられなくなってきていた。
* * *
これが、最後になる。
俺は三度、その定食屋さんを訪れていた。
……え、なんでこんなに間違えられまくってるのに同じ店に行くのかって?
そんなもの決まっている。
――店名が推しのVTuberと同じ名前だったから!
ちなみに、とあるVTuberが夏休みの自由研究と称して、その事務所に所属しているVTuberにまつわる場所だけを集めたオリジナルのジオ・グエッサーのマップを作ったりしている。
実際にプレイが可能なので、よかったら。
話を戻すと……まぁ、さすがに店名が理由でその店に通っていた、というのは半分冗談で。
意地になってたのと、この件を差し引いてもまた行きたいくらいおいしい定食屋さんだったのだ。
「……よし」
今度こそ大丈夫なはず、と俺は自信満々に挑んだ。
外郎売を丸暗記するほど発声練習もしてきたし、滑舌も向上している。さらに秘策もあった。
「店員さん、おかわりを。――”ミニ盛り”で!」
それは俺にとって、最後の手段だった。
ミニ盛りなんてのはメニュー表には載っていないのだ。
だからこそ、これが通じたならちゃんと”小盛り”になるだろう。
逆に通じなくても、聞き返されるだけで……最悪の事態は避けられるはず。
「アイヨー!」
通じた! 俺は目を閉じ、ドキドキとしながらそのときを待った。
はたして、結果は……。
「オマチドー! ”
俺はテーブルに頭を打ちつけた。
それも聞き間違えられるんかーーーーいっ!?
惜しい! あと1個ズレてたら正解だったのに!
特盛り→大盛り→並盛り、と徐々に近づいてはいた。
だが、決して小盛りには辿りつけないらしい。
これが無限か。
コントみたいだが、実際にあった話。
そうして、俺はこの”おかわり戦争”に完全敗北したのであった――。
* * *
そして、後日。
そこにはいつものように、その定食屋さんでおかわりを注文する俺の姿があった。
「あ、店員さん。おかわりお願いします」
「アイヨー」
俺はとくにサイズの指定もせずに、どんぶりを店員へと渡した。
すると30秒後、そこには……。
「オマチドー」
並盛りのごはんがよそわれた、どんぶりが鎮座していた。
俺はそれをペロリとおいしく平らげて、ちょうど腹八分目になっていた。
……うん。言いたいことはわかる。
じつはおかわりで並盛りを食べてわかったのだが……なんか毎回、限界以上に食わされていたからか、胃袋がでかくなったらしい。
そんなわけで結局、俺はその定食屋さんで1度も「小盛り」を注文できないまま、今に至り――。
* * *
《おーい、イロハ。どうしたんだ? 遠い目をして》
《……ごはん》
《ごはん?》
《あ、いや! こっちの話》
今の身体は小さく、少食だ。
間違えられたら今度は食べきれないな。いや、そもそもおかわりすることがないか。
《なんだ、ホームシックか? レトルトのパックごはんなら分けてやるぞ? ちょうど、留学期間が終わって日本に帰るってヤツから余った食料を押しつけられてな》
《えっ、日本の”ゴハン”!? シテンノー、よかったらアタシにもわけてくれない!?》
《あん? まぁ、べつにいいけど》
と、そうこうしているうちにバスがはハイスクールに到着していた。
みんながゾロゾロと降車していく。
俺もそのあとに続こうと立ち上がって……つんのめった。
そのまま俺は、すてーん! とすっ転んだ。
《いててて……》
どうやら、女子がマフラーを緩めてくれた際に垂れさがっていたのを、踏んづけてしまったらしい。
相変わらず、この身体は鈍いというかなんというか。
俺はのそりと身体を起こした。
シテンノーがこちらに視線を向ける。
《おいおい、大丈夫か? ったく。しっかり――》
その会話の途中で、はらりとマフラーがほどけて床に落ちた。
時間が停止した。
《《《あっ》》》
俺と女子と、そしてシテンノーの声が被った。
彼の視線は俺の首元へと釘付けになっていた――。
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