第273話『罪作りなカノジョ』
《あははは、ないない! 絶対ないですよ!》
俺はシークレットサービスの男性の言葉にそう笑った。
なぜか「「え」」専属護衛の女性と合わせてふたり固まっていた。
《……? あ、そっか。ふたりともVTuberヲタクじゃあないから、わからないんですね》
仕方ない、と説明してあげることにする。
俺にはなぜシテンノーがあんなにがんばっていたのか、その真の理由が理解できる。
《彼は――じつはディープな隠れVTuberヲタクなんですよ!》
《《……はい???》》
《同志であるわたしにはわかります! 彼はVTuberのことをバカにされて、許せなかったんです! だから、あんなにも怒っていたんです!》
いやぁ~、俺の布教活動も捨てたもんじゃないな!
いつの間にか、あれほど熱狂的なファンを生んでいたとは!
《《……はぁ~》》
なんでふたりともそんなに呆れた顔をしてるんだ?
女性が俺の肩を掴んで言ってくる。
《あのね、イロハちゃん。たしかに彼がVTuberのことを好きなのには間違いないわ。けれど、それはあくまで特定のひとりにかぎった話で……》
《オイ、やめとけ。男同士のケンカもそうだが、
《……イロハちゃん、せめてきちんと恋愛について学びましょう? 恋愛ドラマとか見たことない?》
《あはは、ドラマにVTuberは出てきませんよ? あっ、でも過去に『八月一日さん家の』っていうVTuber主演の連続ドラマが地上波で放送されていたことが……》
《ダメだわ、この子》
なんだか、おかしな空気になってきたな。
と思っていたら、「ごほん」とシークレットサービスの男性が咳払いして話を戻してくれた。
《あー、とにかくまぁ、そういうわけで静観していたんだ》
《さすがに、イロハちゃんがひとりで不良たちへと突撃していっちゃったときは、本気で焦ったし……石は当たると大ケガしかねないから、止めに入ったけどね》
《アイツらの背景も調べたが、ギャングに所属しているわけでもなかった。持ちもの検査で銃やナイフ、スタンガンなんかを所持していないこともわかっていたし。まぁ、多少のクスリはやってたみたいだが》
《……そうですか》
どうやら、ちゃんと仕事はしていたらしい。
自分の確認不足が原因ということもあって、これ以上は責めづらかった。
諦めて、俺は不良とシテンノーのもとへと戻った。
彼らをシークレットサービスのふたりが応急手当してくれて……。
と、そこへ太った警備員がやって来る。
彼は不良を乱暴に立ち上がらせた。
《またお前か! ウチの学校でいろいろやらかしてくれたな! 今度こそお前は退学だ! タダで済むと思うなよ。お前みたいな社会のクズにはお似合いの結末が待っていると思え!》
太った警備員は不良の髪を掴み、連れていこうとする。
頭部の傷に響いたらしい。じわっと包帯に血が滲み、不良は眉をひそめていた。
《ちょっと、アンタ! たしかに悪いことはしたけれど、相手は子どもよ! もっとやさしく……》
《アンタ、やりすぎだ》
《あぁん? アンタら新人の。いいんだよ、このクズはこういう扱いで。ほら、さっさと来い!》
そのまま警備員が、強引に不良を引っ張っていく。
俺は「ちょっと待って」とその背に声をかけた。彼らの足が止まる。
《……はぁ。あのな~、お嬢ちゃん》
不良から手を離し、警備員がこちらへ向き直った……のをスルーして、不良と対峙する。
身長の関係で、俺は彼からすさまじく見下ろされていた。
《最後にひとつだけ。ちょっと耳を貸して》
《あァ? ……ンだよ》
不良は煩わしそうにし……しかし、周囲へと視線を向けた。
監視されている今の状況を確認して、諦めたように前かがみになって……。
――ぺちっ。
その瞬間、俺は彼の頬にビンタをかました。
やけにかわいらしい音が鳴ってしまったが、目的は果たした。
《べーっ! ざまぁみろ!》
舌を出して、逃げるように距離を取る。
不良はポカンと口を開けて、頬に手を当てていた。
「……ズルい」
なぜか、ポツリとシテンノーが呟いた。
「えっ」と振り返ると、彼は慌てた様子で誤魔化すように言う。
「じゃなくて!? えーっと、そう! お前、なにやってるんだ! 危ないだろ! もし反撃されたら……。それにボクのことは止めたクセに、自分はやり返すのかよ!」
「だって、ムカついてたし? それにこれはリンチじゃなくて1対1のケンカだから」
「ケンカって……お前、本当に。はぁ~」
「むふーっ」
やっとスッキリした、と鼻を鳴らす。
一発、食らわせてやって、ひとまず満足した。
《これで、チャラだよ》
本当なら100発くらい食らわせたいところだが、実際にはぬいぐるみは無事だったわけだし。
これで勘弁してやろう、と不良に告げる。
《あと、わたしには心が読めるからわかるんだよね。あなたはだんだんVTuberが好きになーる。だんだんVTuberが好きになーる》
「おい」
適当なことを言って洗脳しようとしている俺を、シテンノーは呆れた目で見ていた。
不良はというと……。
《ん? なに? そんなにわたしをジッと見て》
《……いや》
視線を逸らされた。なんだろう?
もともと、女子の考えていることはよくわからなかったが、最近は男子が相手でもわからないときがある。
《もういいだろ! 行くぞ、さっさと歩け!》
今度こそ太った警備員に連行されていく。
しかし、不良はその途中でふと足を止めた。
《なに勝手に立ち止まってる!? 早く歩け! まさか抵抗する気か!?》
《……オイ、クソガキ》
《ひゃ、ひゃいっ!?》
不良は警備員にどつかれながらも、なぜか立ち止まったまま動かない。
もしかして、さっきのビンタでめっちゃ怒ってる!?
俺がそうガクブル震えていると……。
彼はポツリ、と小さく呟いた。
《……悪かったな》
《え?》
不良はそれだけ言うと自分の足で歩き、去って行く。
警備員は慌てたように彼を追いかけた。
彼はそのまま最後まで、一度も振り向かなかった。
やがて、彼の背は見えなくなった。
《イロハちゃんも罪なオンナだね~。いや、この場合は逆かな。彼はきっと更生するだろうね。……だからといって、過去にした悪事が許されることはないけれど》
そう、俺のとなりでシークレットサービスの女性が言った。
こうして学校で起こった一連の騒動が幕を閉じ、そして……。
* * *
《――イロハの大バカ~~~~っ!》
帰宅すると同時にあんぐおーぐの怒声が響いた。
どうやら、まだひとつ問題が残っていたらしい――。
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