第272話『かわりもの』
俺はボロボロのぬいぐるみを前に泣いていた。
その様子を見たシテンノーが不良へと怒りを向ける。
《お前がこんなことをしたからっ!》
《やめて!》
不良へと拳を振りかぶったシテンノーを止める。
たしかに、彼のことは絶対に許せない。だが……。
《もしも、わたしの怒りを代弁するつもりならやめて》
歯を食いしばり、肩を震わせながら俺は耐えていた。
ボロボロになったぬいぐるみへと声をかける。
《ごめんね。わたしがもっと気をつけてたら……》
このグッズを作ったVTuberに申し訳が立たなかった。
だれかの「大事にしてあげてね」という声が脳内で再生されていた。
《……》
不良はそんな俺を、どこか戸惑っている様子で見ていた。
まるで「そんなにも泣くだなんて思っていなかった」とでも言いたげな様子だった。
シテンノーはゆっくりと、こぶしを下ろす。
それから、代わりとばかりに不良へと言葉をぶつけた。
《このぬいぐるみがイロハにとってどれほど大切なものだったか、わかっただろ。それでもこいつは宝物を壊したお前を……お前らを守ろうとしたんだ。せめて、そのことは覚えてろよな》
《……チッ》
シテンノーの言葉に不良は視線を逸らした。
俺はシテンノーから「一応」とぬいぐるみを受け取る。
ボロボロになったそれの手触りを確認し……。
瞬間――スン、と涙が引っ込んだ。
「……あ、あれっ?」
「どうしたんだイロハ?」
「え!? いやいやいや、なんでもないよ!?」
ダラダラと汗が流れだす。
俺はシテンノーからスっと目を逸らした。
「おい、どうした!? 絶対になにかあっただろ!? もしかして、ほかにもなにかされてたのか!?」
「ちがっ、そうじゃなくて、あの……むしろ、なにもされてなかったっていうか」
「はっきり言えよ!」
やたらと追及してくるシテンノーに、俺は観念した。
「――なんか、これ……わたしのぬいぐるみじゃなかった、みたいな?」
シテンノーの表情が固まった。
俺は恐る恐る、説明する。
「いや、だから、その……がんばって守ってくれたのに申し訳ないんだけど、手に取って確認してみたらVTuberモノのグッズじゃなくて、まったく関係のないぬいぐるみだったっていうか」
「は……、はぁあああああああ~~~~!?」
シテンノーの叫び声が校舎裏に轟いた。
彼があまりのショックにか、ヘロヘロと崩れ落ちる。
「ぼ、ボクはいったいなんのために?」
毎回、遠目だったり、ボロボロに汚れていたり、怒りで冷静さを失っていたり。
あとはなによりも、思い込みだ。
いろんな要因が重なったせいで、俺も気づけなかった。
いや、言い訳なんてできない。
「うぅ~! VTuberのグッズを見間違えるだなんてファンとして失格だ~っ!?」
「『失格だ』じゃなーい!? じゃあ、本物のぬいぐるみは!?」
たしかに、と思い不良に確認する。
だが彼は怪訝そうに眉をひそめるだけだった。
《あァ? 知らねェよ。オレたちが持っていったのは、ソイツひとつだけだ》
《そんなはずは……》
どういうことだ? なにかがおかしい。
ロッカー内からはごっそりとぬいぐるみが減っていた。それらはいったいどこへ?
いや待て。よく思い返してみると、ロッカーに残っていたアレらも……。
と、そこへ警備員が割り込んでくる。
《ちょっと失礼するねー》
《あ、警備員さ……んんっ!?》
割り込んできた女性の警備員が俺にウインクする。
というか、俺の護衛をしてくれているシークレットサービスの女性だった。
見当たらないと思っていたら、そんな恰好に扮していたのか!
というか、今さら来られても遅すぎる!
《あの、ちょっと!》
《え? なになに、どうしたの?》
俺はズルズルとシークレットサービスを引っ張っていった。
ふたりきりになったところで、小声で怒りをぶつける。
《今までなにやってたんですか!? わたし、すっごく大変だったんですけれど!》
《なにって、ずっとイロハちゃんを護衛していたに決まってるけど?》
いやいやいや!? じゃあ、なぜもっと早く助けに入ってくれなかったのか!
そう糾弾しようとした、そのとき……。
《まさか、
《……えっ?》
《あっ、それだけじゃ説明が足りてないよね。じつはアタシたち、イロハちゃんが突拍子のないことをしても、なるべくはそれをサポートするように言われてて》
《いや、そうじゃなくて……「ダミー」?》
《なに言ってるの、イロハちゃんもわかってたでしょ? メールを送ったとき、イロハちゃんもちゃんとスマホの画面を確認してたし》
《……》
《えっ!? 確認して、返事もしてたよね?》
俺はスマートフォンを取り出し……今、改めてそれを読んだ。
そこには『ダミーに差し替えて、犯行現場の証拠を撮る。それまでなるべく相手を泳がせたいから、助けが必要になったら合図するように』という旨の内容が書かれていた。
《あっ!?》
心当たりがあった。
もしかして、あの俺がソシャゲのプレイ中に誤タップした通知か!?
《だ、だとしても! あの男の子がボコボコにされる前に、助けに入るべきじゃないですか!?》
《……あ~。それについちゃ、オレの判断だ》
と、もうひとりの警備員が会話に混ざってくる。
顔は覚えていないが、女性の様子を見るにシークレットサービスのひとりらしい。
《男が”惚れた女”のために身体張ろうってんだ。大人がでしゃばるワケにゃいかねぇよ》
彼はそう答えた。
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