第271話『罪と罰と、引退と転生と』

 だれかが投げた石が不良の頭部に直撃し、血が流れていた。

 女子が慌てた様子で叫ぶ。


《ちょっと、みんな! 手は出さないって約束でしょ!?》


《ち、ちがう! オレたちじゃない! ついてきたほかの生徒が勝手に!》


 投石したのはヤジウマのひとりだった。

 しかし、その投げ込まれた一石が波紋を呼んだらしい。


 次々と不良たちへ空き缶や生ゴミが投げつけられていく。

 それだけ恨みを持っている人が多かったのか、あるいは……。


《投げろ、投げろ!》


《痛いっ!? た、助けてっ!》


《お前ら、なにやってんだ!? やめろ!》


《ジャマすんな! 自業自得だろ! あいつらは社会のクズなんだから!》


《ぎゃっ!? や、やめてくれ! 頼む!》


《みんな落ち着いて! アタシたちはイロハちゃんを助けに来ただけで、こんなことをしに来たんじゃない!》


 もはや、暴動にも近い騒ぎになっていた。

 だんだんと、なにが善でなにが悪かわからなくなってくる。


《……イジメってなんなんだろう》


 俺はポツリと呟いた。

 理由があれば叩いてもいいのか。悪人ならばどれだけ殴ってもいいのか。それはイジメとはちがうのか。


《あーもう、本当に――くだらない!》


 そう叫び、俺は投擲が集中している場所と突っ込んでいった。

 攻撃されている中心……不良の前に、両腕を広げて立ちふさがる。


 俺は目を閉じて飛来物と痛みに備える。

 しかし……。


「あれ?」


 なかなか来ない衝撃に、ちらりと目を開けて様子をうかがった。

 すると、さっきまで見ているだけだった警備員がついに働き、生徒の腕を抑えてくれていた。


《お願いみんな、止まって! イロハちゃんたちに当たっちゃう!》


 そこへ女子の声が響く。

 生徒たちが俺に気づき……さすがに、小さな女の子に向かって物を投げるのはためらわれたらしい。


 さっきまではこのへっぽこな女児の肉体に嫌気が差していたのだが、この状況ではプラスに働いていた。

 彼らは振りかぶっていた腕を、顔を見合わせながらゆっくりと下ろしていく。


「バカ、イロハ!? お前、なに考えてるんだ!?」


《オマエ、なんで……》


 シテンノーが駆け寄ってくる。

 不良も「理解できない」といった様子で、俺を見ていた。


《それはわたしのセリフだよ! なんで、わたしがこんなことをしなくちゃいけないの!?》


 俺は彼らに、逆ギレ気味に叫んだ。

 あーもう、普通に怖かったし!


 当たったらケガするのは文字通り、目に見えている。

 もし、警備員が止めてくれていなかったら、今ごろ……。


《……オマエに庇われる筋合いはねェだろ》


《べつにあなたを守ったわけじゃない。あなたのことは許してないし、大嫌いだし。ただ……》


 俺にはかつて、ひとりの推しがいた。

 しかし、彼女は”ズル”をしたことをみんなから責められて引退に追い込まれてしまった。


 悪いことをしたら罰を受ける。

 それは当然だし、仕方のないことだとも思う。だけど……。


《こういう、集団でひとりを叩く行為は嫌いなの。それは罰じゃなくて、ただの私刑リンチだから》


 今までなんの関心も持っていなかった”他人”が「オレが正義だ」みたいなツラで参戦してきて、ここぞとばかりに”言葉の暴力”を彼女へ吐き散らして……。

 はたして、あれは正当な罰だったのだろうか?


 引退という結果ははたして、彼女にふさわしい末路だったのだろうか?

 いや、『引退』なんて言葉では生温い。なにせ、それは……。



 ――ひとりのVTuberの”死”を意味するのだから。



 たしかに彼女は悪いことをしたのだろう。

 それでも俺は彼女のことが大好きだった。


 今でも思うのだ。

 なにかほかの選択肢はなかったのか、と。


《謝罪して、罰を受けて、そして……やりなおして》


 VTuberなら転生すればいい、という意見もあるだろう。

 だが、ふざけんな! VTuberの命はそんなに安くねぇんだよぉおおお!


 もちろん、転生はバーチャルならではの強みだと思う。

 外見が変わってもなんでもいいから再会させてくれ、と願う自分もいる。


 しかし、だからってそんな「死ね」に等しい言葉、軽々と口にしていいはずがない!

 死には、壮絶な痛みを伴うのだから。


《それに裁く権利があるのは当事者か法だけ、だと思うから》


 当時、一介のファンにすぎなかった俺には、どれほどの罰が彼女にふさわしかったかなんてわからない。

 だけど、一介のファンだからこそ、これを言う権利はあるはずだ。



 ――どうか、俺たちから推しを奪わないでくれ。



 そして、一度失われれば……俺たちはもう、ただ待ち続けることしかできないのだ。

 いつか推しが帰ってくることを願って。


《あなたにはきちんと、これまでしてきたことを償ってもらう。正しいやりかたで》


《オマエは……》


 不良がジッと俺を見ていた。

 それは複雑な色をしたまなざしだった。


 その目にどんな思いが込められているのか。それはわからない。

 だって、俺には他人の心なんて読めないのだから。


《さぁ、散った散った! おっと、キミらは話を聞かせてもらうからな。来なさい》


 警備員が集まっていた人たちを解散させていた。

 並行して、不良たちや……悪質だったヤジウマ生徒の連行をはじめていた。


 ようやく本当に終わったらしい。

 その気配をシテンノーも察したのだろう。


「その、イロハ。これ……。ごめん、守り切れなくて」


 申し訳なさそうな表情で、ぬいぐるみを差し出してくる。

 ひどく汚れ、原型もわからないほどにボロボロだ。


「……ぁ」


 それを見た瞬間、両目からポロポロと涙が溢れ出した。

 俺はその場に崩れ落ち……。


「お、おい! イロハ!?」


「う、う……うわぁん、うわぁあああん!」


 嗚咽が止まらなかった。

 俺は声を上げて泣きはじめてしまった。


 本当に悔しかった。本当に悲しかった。

 これでは修復も不可能だろう。一度失われたものは二度と戻ってこないのだ――。


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