第270話『イジメられない方法』

 ようやくシークレットサービスが来た!

 そう、かすむ視界の中で目を凝らして……。


《こ、これ以上、イロハちゃんに酷いことしたら許さないんだからねっ!》


「……んんっ!?」


 なにかがおかしい、と気づく。

 というかこの声。シークレットサービスの女性じゃなくて……。


《ば、バカ! お前らまでなにしに来てるんだ!?》


《シテンノー、それはアンタでしょ! イロハちゃんもなに考えてるの!?》


 助けに入ってきたのは同級生の女子だった。

 いやいやいや、なんで!? これじゃあ、彼女たちまで巻き込まれて……!?


《そうか、オマエもオレらに歯向かおうってェのか。ナメやがって。オマエら全員タダじゃ済まさねェ!》


《や、やれるもんならやってみなさいよ!》


《調子こいてんじゃねェぞ! オマエらごときが集まったところで……、っ!?》


 恫喝していた不良の言葉が、途中で止まる。

 俺の視界もようやく戻ってきて……気づく。


 いつの間にか、周囲に地響きにも近い足音が聞こえていた。

 俺は女子の声がするほうへと振り返った。


《アンタこそわかってるの? 「オマエら」って、いったいだれ・・を差してるのか》


 そこには何十人、あるいは何百人という生徒が立ち並んでいた。

 彼らは次々と、俺へと声をかけてくる。


《イロハちゃん! 助けに来たよ!》


《オレたちはみんな、イロハちゃんの”味方”だ!》


《イロハちゃんは俺たちが守る!》


 ここは不良のたまり場だ。当然、彼らの数はそれなりに多い。

 だが、自称”味方”たちの人数はそんなものの比ではなかった。


《オイ。こんな人数、どこから湧いて来やがったァ!?》


《な、なぁ……さすがに、ちょっとマズイんじゃ》


《これはいくらなんでもムリだって!》


 たくさんの生徒が、不良たちに敵意の視線を向けている。

 ほかにも集団の行進につられてきたらしい、ヤジウマたちも大勢いた。


 先生や警備員、なにもわかってなさそうな生徒たち。

 何人も「これからなにが起こるのか」とワクワクした表情でスマートフォンのカメラを向けていた。


《お前ら、ここでなにをしている!》


《なにこれ、なんかあったの?》


《わかんねー。けど、ゼッテーおもしれーこと起きてるってこれ!》


 あまりにも混沌とした状況に、俺は頭を抱えた。

 なんだこれは。いったいなにが起こっている!?


《なんだこりゃァ。いったいなにが起こってる!?》


 不良が同じことを言っていた。

 まさか俺、本当に彼の心が読めてたりしないよな……?


 そんなことを思っていると、不良がキッと俺へ視線を向けた。

 それから発狂したように叫んだ。


《なんなんだ、オマエらは……なんなんだよォ、オマエ・・・はァあああ!》


 いやいや、俺が聞きたいが!? あと、まるで俺がこの集団を指揮してるみたいに言わないでほしい!

 しかし、そんな俺の心をの声をよそに女子が答えた。


《アタシたちはみんな、アンタがバカにしたイロハちゃ……VTuberのファンよ!》


 おい。今、「俺のファン」って言いかけなかった?

 撮影されていることに気づいて、ギリギリで言い直したように見えたのは、気のせいだよな?


 というか、つまりここにズラリと並んでいるのが全員、学内に隠れていた俺のファン?

 いやいやいや、ない。ないはずだ。ないと言ってくれ!


《次にアンタがVTuberをバカにしたり、アタシたちの仲間を攻撃してみなさい! アタシたちみんなでアンタたちを叩きのめしてやる!》


《このっ……!》


 女子の宣戦布告。

 しかし、不良はそれに言い返せない様子だった。


 イジメられない方法を知っているだろうか?

 その方法はとってもシンプル。つまり……。



 ――”相手よりも強い”ことだ。



《イロハちゃん、もう大丈夫だからね!》


 女子がそう、安心させるように俺へと言ってくる。

 強さ――力には”2種類”ある。


 ひとつが、単純な個人の暴力。

 そして、もうひとつが”数の力”だ。


《イロハサマ!》


《イロハちゃん!》


《イロハ!》


 みんなが俺の名前を叫んでいた。

 数の力というのは暴力なんかよりも圧倒的に強い。


 極端な話、部員が100名いるマンモス部活のキャプテンをターゲットにする不良がいるだろうか?

 いや、いない。


 それだけの部員を敵に回しては、いくら不良といえど勝ち目がないから。

 知人、友人、仲間……それらの数というのは、そのまま強さに直結するのだ。


《……クソっ》


 不良にできることは、もはやそうやって悪態を吐くことだけだった。

 あるいは、だからこそ彼らも群れるのかもしれない。


 無意識に「数は力だ」と理解しているから。彼らですら身を守るには仲間が必要。

 アメリカで不良グループが大規模化しやすいのも、それだけ危険が多いからかも。


《イロハちゃんを傷つけて、タダで済むと思うなよ!》


《不良たちを絶対に逃がすな!》


《オレたち全員で戦えば、こんなやつら怖くない!》


 投げかけられる罵声の数々に、不良たちが怯む。

 もはや、強者と弱者は逆転していた。


《……ねぇ》


 今度こそ勝負はついた。

 そう思い、俺が不良へと声をかけようとしたそのときだった。


 ――ゴッ。


 と、不良の頭になにかがぶつかった。

 彼はたたらを踏んだ。


 ツーっと、その額から血が流れ、ポタポタと地面に赤い斑点を作った。

 その足元には石ころがひとつ、転がっていた。


《あっ、当たった》


 だれかの声が、一瞬の静寂を突くように響いた――。

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