第274話『ケンカするほど仲がいい』


《おーぐ、今日の朝ごはんはどう? おいしい?》


《フンっ! もぐもぐ……》


《あの~》


 返事をしてくれないあんぐおーぐに、俺は「ダメだこりゃ」と嘆息した。

 昨晩からずっと、この調子なのだ。


 昨日はハイスクールで事件に巻き込まれて大変だったが……。

 正直、今日のほうが何倍も厄介かもしれない。


《ねぇ、おーぐ。わたしが悪かったから》


《フンっ!》


 下手に出てみるが、目も合わせてくれない。

 いつもはなにも言わなくても、あんぐおーぐのほうからアレコレ話しかけてくるのに。


《……マズったなぁ》


 昨日の、あんぐおーぐからされた説教を思い出す。

 俺が帰宅するや、彼女は怒ったり泣いたりで……本当に大変だった。


 ――まだアメリカに来てから数ヶ月なのに、なんで2回も襲われてるんだ!?


 とか。


 ――オマエは無防備すぎるんだ! 自分が目立つことを自覚しろ!


 とか。

 最終的に……。


 ――いつもいつもワタシの心を振り回して、イロハのことなんてもう知るかーっ!


 と、怒鳴ったっきり口を聞いてくれなくなってしまった。

 そのときは「どうせ寝て起きたらケロっとしてるだろ」なんて楽観視していたのだけれど……。


《まさか、一晩経ってもまだ怒っているだなんて》


 あんぐおーぐとのケンカ(?)なんてはじめてのことで、俺もどう対応していいのかわからない。

 ただ、ケンカにしては一点おかしな部分があって……。


《口は聞いてくれないわりに、身体はいつも以上に近くない?》


《……うっ、うるさい!》


 おっ、あんぐおーぐがようやく反応した。

 彼女は身体が密着するほど、ピッタリとイスを俺の横につけて、朝ごはんを食べていた。


 というか、あの、食べにくいんですが……。

 それに、昨日も同じベッドで引っついて寝ていたし。わからん、女子のケンカってこういうものなのか?


《おーぐ、そろそろ機嫌を直してほしいんだけど。どうしたら許してくれる?》


《……フンっ。そんなのジブンで考えろ》


《そう言われても。うーん》


 まったく、シークレットサービスのやつらめ。

 黙っておけばいいものを。余計な告げ口しやがって。


 そう責任転嫁していると、あんぐおーぐはポツリと言った。

 「イロハが悪いんだぞ」と。


《もうワタシは「イロハにもしものことがあったら」なんて不安になって泣いて、「無事だった」ってわかって安心してまた泣いて。そんなことの繰り返しはイヤだ》


《それは……本当に、ゴメン》


 あんぐおーぐの横顔をうかがうと、その目元にはまだ泣きはらしたあとが残っていた。

 悪いことをしたとは思う。


《でも、シークレットサービスがついてるんだし、そんな心配しなくたって》


《それとこれとはべつだろ! だからって、心配しないわけないだろ!》


《うっ、正論……》


《前回、コンビニ強盗のあと「もう危ないことはもうするな」ってあれだけ言ったのに!》


《……え? 言われたっけ?》


《言った! そういうところだぞ! だから……もうイロハのことなんて知るか! フンっ!》


 そう言うわりに、離れてはくれないんだよなぁ。

 きっとこれも「それとこれとはべつ」ってやつなのだろう。


《ねぇ、おーぐ。そういわずに……》


 そう、俺があんぐおーぐをなだめようとしたときだった。

 ピコン、とスマートフォンに通知が届いて、俺はつい反応してしまう。


《えっ!? ”はこつく”のガチャに新キャラ実装!? キタキタキター! ……あっ》


《……イ~ロ~ハ~? オマエ、まったく反省してないだろ》


《ち、ちがっ!? 今のは!?》


 昨日の事件で、俺はメッセージの確認不足で痛い目を見た。

 だから、すぐさまチェックするように意識していたのだが……なんて、間の悪い。



《――こんのっ、イロハの大バカ~~~~!》



   *  *  *


《……やっちゃった》


《あー、それはアタシたちも悪いことをしちゃったかな。けど、もしその万が一が起こったときに……なにも知らされてないことのほうが、きっとショックが大きいと思うから》


《わかってます》


 俺は車内でそうシークレットサービスの女性と言葉を交わしていた。

 と、スクールバスの乗降場所に到着し、車が停まる。


《どうする? あんなこともあったし、これからは学校まで直接送りましょうか?》


《ありがとうございます。でも、このままバスで通おうと思います》


《そう、わかったわ。たくさん、良いお友だちもできたみたいだしね》


《えーっと、そういうわけではないですが。まぁ、助けてくれた義理くらいは果たしておこうかなーと》


《ふふふ、そういうことにしておきましょうか。じゃあ、いってらっしゃい》


 そう見送られてスクールバスに乗り込む。

 今日は不良が待ち構えていることはなかった。いや、もう二度とないだろう。


《キャー! イロハちゃん、待ってたよー!》


《昨日の事件、聞いたぜ? アイツらをやっつけたんだって? スゲェじゃねぇか!》


《うわっ!?》


 歓声をもって迎え入れられてしまう。

 昨日の件はすでに知れ渡っているようで、バスの車内はその話題で持ちきりだった。


《これで、このバスにも平穏が戻って来たってもんだ!》


《ほんと、みんな無事でよかったよねー! あ、イロハちゃんこっちこっち!》


 いつもの席に誘導される。が、なぜかいつもの女子はとなりに座ってこない。

 代わりに彼女が「ほら、アンタはこっちでしょ!」と連れてきたのは……。


《よう。お互い、昨日は大変だったな》


《……えっ、だれ?》


《ボクだよ、ボク! シテンノーだよ! いや、シテンノーでもないんだけど!?》


《あ~! ビックリした。ミイラ男マミーかと思った》


《その扱いはさすがに酷くないか!? 泣くぞ!? ママぁマミぃ~~~~っ!》


 身体中、包帯だらけのシテンノーがそこに立っていた――。

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