第275話『”告白”』


《ずいぶんと男前になったじゃねーか!》


《よっ、ヒーロー!》


《やっ、やめてくれ! そんなんじゃない!》


 スクールバスの車内で、包帯ぐるぐる巻きのシテンノーが周囲からはやし立てられていた。

 大変だなー、と他人ごとのように眺めていると……。


《いつまで立ってるの? 早く座りなさいよ!》


《お、おいっ! なにするんだ!?》


 シテンノーが女子に肩を掴まれ、強制的に俺のとなりへと座らされていた。

 えーっと、これはなんだ?


 首を傾げていると、女子が俺の耳元でそっとささやいた。


《イロハちゃん、スクールバスは出会いの場なの。たくさんの恋が生まれる場所なんだよ》


《はい?》


《だって合法的に好きな人と密着できる、数少ない機会だから》


 なんだそりゃ、と思ったが……そういえば、アメリカ人は日本人よりパーソナルスペースが広いんだったか。

 まるで、土地の広さと比例でもしているかのよう。


 日本人からするとよくスキンシップを取っているイメージがあるが、じつは真逆。

 レジに並ぶ列なんかも、日本だと並んでいないと誤解されて間に入られそうなくらい間隔をあける。


《ほら、ここだとエンジン音がうるさいから、特別な話をしてもまわりには聞こえないし》


《え、ええっと?》


 そしてパーソナルスペースが広いからこそ、親しい人や親しくなりたい人には身体接触で示す。

 だから、ハグは親しい間柄だけ。


 もし他人といきなりハグしようものなら……ここは、訴訟大国アメリカ。

 速攻でセクハラで訴えられることだろう。


《がんばってね。アタシ、その、応援してるから。イロハちゃんのことも。……シテンノーのことも》


《あの? なにか勘違いして……あ、ちょっと!》


 話を最後まで聞かずに、女子は空いている席へと行ってしまった。

 残された俺とシテンノーは気まずい空気の中、「えーっと」と間を埋めるように言葉を交わす。


《大ケガしてるのに休まなくて大丈夫だったの?》


《お、おう。その、幸いにも骨折とかはしてなかったし。なにより……目を離すと、お前はまたトラブルに巻き込まれそうだからな。そのときに男手はあったほうがいいだろ》


《え。わたしってそんなに危なっかしい?》


《今さら、なに言ってんだ》


 あんぐおーぐにもそんなことを言われた。

 たしかに、運がよくないんだよなぁ。いや、これは運のせいなのか……。


《そういえば、昨日の今日なのに普通に授業があるんだね。休校とかしないんだ》


《あー、たしかにな。こっちに来てから知り合った友人は「生徒が校内に銃を持ち込んで、ほかの生徒を撃ったときは休校になった」って言ってたけど》


《うわぁ~……》


 俺が想像していた休校とは基準のレベルがちがった。

 相対的に今回の件はマシだった気さえしてくる。


 というか、そうか。となりの席がシテンノーになったのか。

 じゃあ、べつにゲームしたり配信見ててもいいかな? うん、いいよ!


 そう勝手に自分で返事をしてスマートフォンを取り出していると……。

 突然、シテンノーがすこし真剣なトーンで話し出した。


《覚えているか、イロハ。まもなく”ナインウィークス”だ》


《9週間がどうかしたの?》


《そうじゃなくて、”定期試験”が近いって言ってるんだ》


 うげっ。そういえば、もうそんな時期か。

 俺もそろそろ勉強しないと。あーでも、ソシャゲやめられないんだけど!


《そこでボクと本気で勝負しろ! ただし……負けたほうは、勝ったほうの言うことをなんでもひとつ聞いてもらう》


《ヤダ》


《ちょっとは考えろよ!? わかった。話をただ聞く・・だけでいいから》


《うーん。それなら、まぁ》


 一応、同じVTuber好きとして助けてもらった恩義もあるし、それくらいならと頷く。

 と、なにやら強い視線を感じた。


 振り返ると、いつも俺のとなりに座っていた女子がジッとこちらを見ていた。

 目が合うと、彼女は慌てた様子で視線を逸らした。


「……?」


 俺は「どうしたんだろう」と首を傾げ、しかしすぐに気にならなくなった。

 だって、ほかに考えることがあったから。


「……はぁ、おーぐのバカ」


 試験もだが、それよりあんぐおーぐの顔が脳裏をチラついていた。

 そのせいで俺はソシャゲや配信視聴に身が入りきらずにいた――。


   *  *  *


 試験当日はあっという間にやってきた。

 それに、日本とアメリカじゃあテストの仕方もかなりちがう。


 まず、持ち込みが可能である場合が多い。

 数学のテストで電卓を持ち込める以外にも、ノート持ち込み可オープン・ノートブックだったり、教科書持ち込み可オープン・テキストブックだったり。


《試験開始!》


 問題は、普段の授業に比べるとさすがに歯ごたえがあった。

 いくらアメリカのハイスクールが義務教育でモラトリアムに近いとはいえ、だな。


 ほかにも、テストによっては試験中に教室から出てもよかったり。

 早く終わったら、先に帰ってもよかったり……。


《そこまで!》


 そして、採点は赤ではなく青ペンで行われる。

 正解しているものにはチェック、逆に間違っているものは丸で囲って指摘されていた。


 その結果は……。


   *  *  *


《イロハ――ボクの勝ちだ》


 俺はシテンノーに完敗していた。

 いや、これは俺にかぎった話じゃない。


 今回のテストで、彼に勝てた生徒はだれひとりとしていなかった。

 なぜなら彼は――学年1位の成績を叩き出していたのだから。


《約束だ。だから……今日の放課後、時間を作ってほしい》


 シテンノーはそう俺へと告げた――。

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