第61話『後か先か』

 俺が自分の正体を告げようとしたそのとき――。


「えぇ~~~~!? 全然、気づかなかったよぉ~~~~!?」


 一瞬早くマイが叫んだ。

 俺は盛大にズッコケた。


 えぇえええ!? ウソっ、あのリアクションで気づいてなかったの!?

 あ、あれー? もしかしてマイ、そんなに俺に興味ない? いや、寂しくなんかないけどな!?


「あー、じゃあ、まぁいいや。とにかく、そんな風に世界が変わっていたの! それでわたし、怖くなっちゃったの」


「なるほどぉ~。それ世界って言ってるけど、”人”もってことだよねぇ~。だったらマイも怖くて泣いちゃいそぉ~。イロハちゃんが別人になってたりしたら耐えられないかもぉ~」


「あぁ、そうだよな!」


「――でも」


 共感を得られた、と前のめりになった俺にマイが接近してくる。

 至近距離から瞳を覗き込まれた。


「それって、どっちが本物でどっちが偽物なんて、ないんじゃないかなぁ~?」


「え?」


「だって、そうでしょ~? あるのは後か先かだけ。しいていうなら両方とも本物だとマイは思うけどなぁ~」


「……!」


 それ、は……。

 そんなふうには考えたこともなかった。


「けどっ、だとしたら昨日までの想いはどうなる!? 昨日と今日がちがうなら、それは昨日までの相手に対する裏切りじゃないのか!?」


「ん~、ごめんねぇ~。マイもイロハちゃんの悩みを全部はわかってあげられない。けど、もしもマイなら、昨日も、今日も、そして明日も――その全部の世界を、人を、好きになりたいかなぁ~」


「全部、を?」


「だってさ、嫌ったり悲しんだりするより、好いて楽しんだほうがきっと幸せだよぉ~」


 目からウロコだった。

 俺はずっと悩んでいた。もしもこの世界が元いた世界ではないのだとしたら――。



 ――俺は転生してから”別人を推していた”ことになるのだ!



 入れ替わっていることにすら気づかず、のんきにも! マヌケにも!


 それは、それはこれまで推してきた彼女たちへの裏切り! 自分の愛の浅さの証明!

 決して、決して! それは自分を許せることではなく、信じたくない事実だった。


 そして、なにより……。

 この世界には俺の”本来の推したち”が存在しないということだ。


 俺は推しさえいれば、どんな苦境だって乗り越えられる自信がある。

 けれど、そもそもその推したちがこの世界には存在しない、偽物だ、なんて言われたら……。


 それはあまりにもツラい、ツラすぎる現実だった。

 そうして俺は、心の支えであるVTuberたちを失い、完全に心を病んでしまった。


 ――さっきまでは。

 でも……。


「いい、のかな? 本当に? だってわたしは思ってしまうんだ。VTuberの演者が交代してしまったとき……同じモデルを使用していても、それはまったくの別人だと、俺は認識してしまうんだ!」


「……ん?」


 今はそんなことも減ったけれど、昔はよくあった話。

 そのときにどうしても、あとの演者さんを偽者だと感じてしまう部分があるのだ。

 奪われた、と感じてしまう部分があるのだ。


「本当は、頭じゃわかってる。交代後の演者さんにはなんの罪もないって!」


「……んんん~???」


 むしろファンであるはずの視聴者から言葉の針を向けられてもなお、活動をがんばり続けて……褒められこそすれ、責められていいはずがない!

 けど、そうか。そうだったんだ!


「ありがとう、マイ。わたし、ようやくわかったよ。本物とか偽物じゃない。あるのは後か先かだけ。わたしは……両方のVTuberを推すべきだったんだ! 推してもよかったんだ!」


 やはり同一人物だと思うことは難しい。

 けれど、彼女らの配信や歌声に癒されたことはまぎれもない事実じゃないか!


「ありがとう、みんな! ようやくわかったよ!」


 それにこの世界に来てから、新たに見つけた推したちだって大勢いる。

 彼女らまで否定するのはちがう。


「えぇ~っと? 解決したみたいでよかった、のかなぁ~? なんで途中からVTuberの話になったのかはわからないけど。でも、推しの中の人が入れ替わっていたら、イロハちゃんが気づかないはずないと思うけどねぇ~」


「……え?」


「だって、少なくともマイなら、イロハちゃんが他人・・と入れ替わっていたら絶対に気づくもん」


「それは……いや、けど、そうか。たしかに。じゃあ、つまり、この世界は」


 俺が元いたのと同じ世界?

 そっくりなだけのべつの世界ではなく?


「はぁ~~っ」


 俺はその場に崩れ落ちた。

 マイの言うとおりだ。推しが別人になっていて、俺が気づかないはずがないのだ。


 つまり、結局は俺の早とちり。杞憂だったってこと。

 ははははは! なんてバカバカしい!


「あーもー、なーんだ! わたしの勘違いかー!」


 そうとわかればVTuberの配信が見たくなってきた。

 ていうかもうダメ。禁断症状。ながらく見ていなかったから辛抱たまらん!


 そうスマートフォンを取り出そうとしたとき。

 ガシィっ! と3方向から掴みかかられた。


「”なーんだ”じゃないよねぇ~、イロハちゃん?」


「そうだねー、イロハちゃん。これだけみんなに心配と迷惑かけて」


「タダで済むと思うなヨ……!」



「「「こんの人騒がせガぁ~!」」」



「ご、ごめんなさーい!?」


 俺はそのあと、3人からしこたま怒られた。

 あとで母親にも心配させてしまったことを謝罪するよう言われた。


 これで一件落着。

 あんぐおーぐはいつまでも《ワタシはこんなことのためにわざわざアメリカから飛んできたのか?》《てっきりアネゴの話を聞いて、”カプグラ症候群”みたいな重大な精神疾患かと》とグチっていたが、それはさておき。


 けれど、と思う。

 だとしたら、なぜヴォイニッチ手稿の著者はべつの世界に行っただなんて勘違いをしたのだろうか?


 それにここが同じ世界だというのなら、世界のどこかに俺の墓もあるということだろうか?

 だとしたら……いや。それは今、考えるべきことじゃないか。


「でもイロハちゃんが復活してくれてよかったよ。近々、大切なイベントも待ってるもんね?」


「え? なんかあったっけ?」


「イロハ、オマエ自分の記念日くらい覚えとけヨ! もうすぐ”3Dお披露目”兼”誕生日記念”配信だろーガ!」


「……あっ」


 完全に忘れてた。

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