第368話『スポーツオノマトペ大作戦』


「ぜぇっ、はぁっ……。うぅ……」


「……▲△○げんき?」


「元気、じゃないかも」


 現地民の男性が心配そうに俺を見下ろしていた。

 俺はチーンと森の中で倒れていた。


「なんでこんなことに」


 ずっと俺の仕事は火の番だった。

 それはケガが治っていなかったからだ。


 しかし、俺はこの数日でかなり具合が良くなっていた。

 さすが子どもの身体。治りが早い。


 どうやら、それで彼はこの場所で生きていく方法を教えてくれようとしたらしい。

 そして、彼らは狩猟採集民族。


 当然のように、最初に教えてくれるのも狩りだった。

 の、だが……。


「※↓××、▲○×」


「な、なんかごめんなさい」


 彼がなんと言っているのかはわからない。だが、困惑していることだけは伝わってくる。

 まさか、ここまで体力がないとは思わなかったのだろう。


 ちなみに、まるで狩りが失敗したかのような空気だが、じつはまだ移動しただけだったりする。

 だ、だって森を歩くのって体力使うんだもん。


「●△△、◎◎みろ


 唐突に現地民の男性が声を潜めた。

 立ち上がって、俺も彼の視線の先を追った。そこには……。


”おーいメスども、ここにイケメンカエルさまがいるぞー!”


「……」


 カエルが「ゲロゲロ」と鳴いていた。

 あいつ、俺が舐めさせられのと同じ種類だな。


 村で薬として飼われているせいか鳴き声を聞く機会が多い。

 そのせいで言葉がわかるようになってしまった。


 といっても全部の鳴き声がわかるわけじゃないけど。

 彼らの鳴き声は同じようで、しかし実際には数種類を使い分けている。


「×↑↓」


 やってみろ、という風に現地民の男性に背中を押された。

 俺は「よし」と一歩を踏み出した。


「ふふふ、俺の計算に狂いはない」


 たしかに俺は体力こそないが、不器用でもないのだ。

 しかも今回は武器もあるし……なにより、カンペキな理論がある。


「今こそ”スポーツオノマトペ”の力を使うときだ!」


 言語は人間の身体能力にも影響を及ぼす。

 たとえば「シュッ」と言いながらパンチをすると拳が早く動いたり。


 あとは「にゃーん」と言いながら前屈すると、身体がやわらかくなったり。

 学校の体育測定などでも使えるテクニックだ。


「加えて”一致効果”まで使えば……!」


 たとえばボタンが並んでいるのを想像してくれ。

 このとき「右!」と言いながらボタンを押したとする。


 すると、右のボタンを押す場合に、すこし動作が早くなる。

 逆に、左のボタンを押す場合は、すこし動作が遅くなる。


「言動と行動が一致しているとき、人はもっとも力を発揮する」


 剣道で攻撃する場所を発声するのは、ルールや精神的な側面が理由だと思われている。

 だが、じつは言語学的にはかなり”合理的”だったりするのだ。


「つまり……、そこだぁあああッ!」


 俺は叫びながらカエルへと槍を振り下ろした。

 今、このとき俺の身体能力は最大となる! この程度の両生類1匹、俺の敵ではな――。


「ぎゃふん!?」


 べちゃっ! と俺は顔面から泥に突っ込んだ。

 カエルが「ゲロゲロ」と鳴きながら、木々の向こうへと跳ねていった。


「……」


 俺は無言で泥から身体を起こした。

 ……木の根っこで躓きさえしなければ、成功していたはずなんだ。


 だって、俺の理論そのものはカンペキだったから。

 うぅっ……ぐすん。


「……▲△○げんき?」


 現地民の男性が心配を通り越して、かわいそうなものでも見る目で俺を見ていた。

 そ、そんな目で見ないでくれ!


「はぁ~」


 うまくいかないなぁ、と俺は嘆息した。

 と、獲物は逃がしてしまったが、目の前にきれいな赤い花が咲いていることに気づく。


「くんくん」


 甘い匂いがした。これ食べられたりするのだろうか?

 そう花へと手を伸ばした、そのときだった。



「――×××!!!!」



「ぴぇっ!?」


 現地民の男性に突如、怒鳴られてしまう。

 すさまじい迫力で俺は涙目になった。あとちょっぴり、ちびった。


 振り返ると彼は恐い顔で俺を見ていた。

 それから低い声で言ってくる。


「◎×……×××、☆※こい


 俺はコクコクと頷いて、現地民の男性のもとへと戻った。

 彼はそれから長文でなにかを言ってきたが、今の俺には理解が難しかった。


 ただ、わかったことは……どうやらあの花には触れてはいけないらしいこと。

 かといって、毒というわけでもないらしい。


 毒という単語なら俺はわかるはずだから。

 そもそも、彼らがいう薬とは……「良い毒」のことなのだから。


「けど、たぶん危険なんだろうな」


 説明している間、彼は声の”ピッチ”が低くなっていた。

 一般的に、会話において高い声は無害や友好、低い声は有害や敵意を表す。


 たとえば赤ちゃんに話しかけるとき、自然と声が高くなってしまうだろう?

 あれは相手を脅かさないため、無意識に「怖くないよ」とアピールしているのだ。


 逆に相手を威嚇したいときは、ドスの聞いた声で話す。

 それらは万国共通だ。


 人間はみんな無意識にそれらを使い分けている。

 いや、人間にかぎった話じゃないか。


 犬だって、甘えるときは「クーン」と高い声を出し、威嚇するときは「グルルル」と低い声で唸る。

 もしかすると、これは動物の本能なのかもしれないな。


「あの、ありがとうございました」


▲▼○×きにしない


 現地民の男性はそう笑顔で返してくる。

 声は高かった。こちら安心させようとしているのが伝わってきた。


 彼は移動を再開する。

 俺もあとを追って、歩き出した。


 文字にならない部分にも”言語”は存在するのだ。

 じつは俺が彼らの言語が解析し終わっていないにも関わらず、それが疑問文……「?」を使っているかどうか判別できているのも、同じ理由だったりする。


 多くの言語は共通して、疑問文で声のピッチが上がる。

 それは質問者が教えを乞う立場になるからだろう。そして、敵対的な相手にものを教えたがる人はいまい。


「ん? これは水の流れる音?」


 それからしばらく歩いたとき、一気に視界が開けた。

 巨大な川が目の前に横たわっていた。


 俺はずいぶんとひさしぶりに、森以外の景色に出会っていた――。

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