第332話『明後日は日曜日で休日』

 なんかこういう誤解、前にもあったような……。

 そうだ、思い出した。イリェーナに学校の校舎裏で告白されたときだ。


 そのことは、のちのち”イリェーナ”の配信で知った。

 彼女が俺の言葉を誤解してVTuberとしてデビューしたらしい、と。


 まぁ、当時はまさかそれが自分のことを言っているだなんて思いもしていなかったが。

 どうやら彼女とはそんな”誤解”の縁で繋がっているのかもしれない。


<……言葉って本当に難しいね>


<そうですね! お話を語学に戻しましょうか!>


 あ、いや。そういう意味ではなかったのだが。

 誤解がさらなる誤解を呼んでしまっている。まぁ、俺としては話題が変わるのはありがたいけど。


<たしか、日本語は文脈によって言葉の意味が変わりやすい、というお話でしたよね?>


<そうだね。そういうのを”ハイコンテクスト”って言ったりするんだけど。あとは文脈効果が大きい、とか>


>>文脈で意味が変わる、か(宇)

>>……閃いた!

>>イロハちゃんは今日も小さーい!


<おいっ、今コメントしたやつだれだ!?>


>>イロハちゃん、これも文脈効果だよ(宇)

>>誤解って怖いなー

>>だれもイロハちゃんの身長やおっぱいが小さいとは言ってないのにねー(宇)


<こんなときばっかり団結するな!?>


<そうですよ! イロハサマは今日も小さくてかわいいです!>


<ありがとう! けど、それはなんのフォローにもなってないね!?>


 呆れながら俺は、表示しっぱなしになっていた言葉遊びの文章を配信画面から消す。

 それを見てだろうか、イリェーナが言った。


<さっきは同じ発音で異なる意味でしたけど、日本語の場合……同じ文字で異なる発音というパターンもよくありますよね>


<音読みとか訓読みの話?>


<それもありますが、ワタシが文句を言いたいのは助数詞とかです!>


<あ~>


>>助数詞は日本人でも難しいって聞くからなぁ(宇)

>>ケーキの数えかただけで「台」「ホール」「つ」「ピース」「切れ」「個」といくつもあるからね(宇)

>>↑日本人だけど「台」って数えるの知らんかったわ


<しかも、ただでさえ種類が多いのに数字によって発音まで変わりますし。地獄です!>


<「杯」「本」「分」……あとは「階」とか?>


<そうです!>


<そのあたり、発音が変わる理由はいろいろとあって。たとえば”連濁”とか>


<というのは?>


<さっき挙げた例だと「3階さんがい」とかがそれに当たるかな。ほかにも「三日月みかづき」とか「日差しひざし」とか。日本語はふたつの言葉がひとつになるとき、あとの言葉が濁ることがあって」


<たしかに、本来の読みかたから変わっているかも>


<あとは”異化”とか>


<異化、ですか?>


<たとえば「七日なのか」とか。普通に読むと「ななか」って同じ発音が続いちゃうから。聞き取りやすいように……あるいは言いやすいように、だんだんと言葉の読みかたが変わっていった>


<なるほど>


<まぁ、「一昨日おととい」みたいに「おとつい」から発音を揃えにいった、”同化”なんていう真逆みたいな現象もあったりするんだけどね>


<あ、頭が混乱してきます。というか、さっきから「三日月」「日差し」「七日」「一昨日」って……本語の「日」って読みかたの種類が多すぎませんか? って、あぁっまた!?>


<たしかに。あっ、じゃあこんな文章はどう? わたしが今、パッと考えたやつだからもっとおもしろくできそうなら、勝手にイジってもらっていいんだけど……>


 先ほどと同じようにテキストを打ち込み、配信画面に表示させる。

 その内容は……。


 『今日は1月1日の祝日です。

  日本語で明日の一昨日は昨日といいますが、その日は大晦日で日曜日でした』


>>普通に読めるけど、これ冷静に見たら結構ヤバいなwww

>>日の読みかた何個含まれてるんや。しかも全部、読みかたがちがうし

>>その上、このほかにもまだまだ読みかたあるっていう……


<あと、似たパターンだと「生」も読みかたがすごく多いね>


 『生け花を生きがいにした生え抜きの生娘、生絹を生業に生計をたてた。

  生い立ちは生半可ではなかった。

  生憎、生前は生まれてこのかた、生涯を通して生粋の生だった』


<これ日本人でも読むの苦労しますよね?>


<だねー。「生」はこれ以外にも読みかたがいろいろで、全部で158種類あるんだったかな>


<勘弁してほしいです! って、イロハサマ!? また難しくなりすぎている気がします!>


<つい無意識にっ!?>


>>た、助かった……イリーシャ、ナイス!(宇)

>>まぁ全然? 余裕? だったしプシュゥ~

>>↑頭から煙出てんぞ


<え、えーっと。まとめると、ちょっと前に「時代とともに単語や文字が変化するのはよくあること」って言ったけど、それは発音でも同じって話。読みかたも時代とともに変化しているの>


<変わらないものなんてありませんもんね。そういうのは、どの言語でもありそうですね>


<そうだねー。たとえば英語でも同じ発音が続いていると、音が変わることがあるね。単語自体もLがRになったり、RがLになったり>


<そういえば英語には助数詞ってありませんよね?>


<いや、日本語でいう助数詞とはちょっとちがうけど、まったくないわけじゃないよ>


<あれ? そうでしたっけ?>


<たとえばさっき、コメントで出てたケーキだと『ひと切れのケーキア・ピース・オブ・ケイク』って言えるし>


<なるほど。それは……日本語よりは”すっごく簡単ア・ピース・オブ・ケイク”ですね!>


 イリェーナが冗談めかして言う。

 英語が簡単なのか、それとも日本語が難しいのか。


 それは判断が分かれるところだな。

 俺はそんなことを思いながら、モニターの前で肩をすくめて苦笑した――。


   *  *  *





 ※読みかたの答え

 『け花をきがいにしたえ抜きの生娘きむすめ生絹すずし生業なりわい生計せいけいをたてた。

  い立ちは生半可なまはんかではなかった。

  生憎あいにく生前そうぜんまれてこのかた、生涯しょうがいを通して生粋きっすいうぶだった』

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