第131話『不老不死』

 ――世界のVTuber人口は10万人を突破していた。

 そして、ファンの数はそれ以上。


 今、もっともホットな業界。

 それこそが……。


『VTuber! というわけで登場です。ぜひ、みなさま拍手でお出迎えください!』


 まるで土砂降りの雨音にも似た、すさまじい拍手の音。

 俺はそんな中、壇上へと上がらされていた。


《ど、どうも~》


『ではイロハさん、ぜひあいさつをお願いします』


《え~っと、こほん。はじめまして。――”わたしの言葉よあなたに届け!” 翻訳少女イロハです!》


 拡声器を通した進行役の声が、会場内に響く。

 ヒュー、ヒュー! とどこかから口笛が鳴った。


 そんなことしていいのか!?

 と不安になるのだが、だれも咎めない。


 それだけ今回が異例であるということだろう。

 あるいは、ここにいる大勢が”イロハ”のファンであるか。


『みなさん、静粛にお願いします。また、本日は受賞・・されたイロハさんへの敬意を表し、特別にバーチャル空間を介しての開催となっております』


 な、なんでこんなことに……。

 俺は半泣きになりながら、衆目に晒されていた。


 ここはノルウェーの首都オスロ。

 その会場に大勢の人が参列していた。いわゆる殿下や閣下と呼ばれる人まで。


 そして例年・・とは異なり、今年は背後にスクリーンが用意されている。

 俺はそのスクリーンの”中”に立っていた。


『それではイロハさんへの……』



『――”ノーベル平和賞”の賞状とメダルのお渡しです!』



 進行役の人もウケがわかっているかのように、大仰に宣言した。

 瞬間、割れるような拍手が起こり、全員が一斉にスタンディングオベーションしていた。


 ――あの事件から、1年。


 まだ終戦の宣言こそなされていないものの、ウクライナとロシアの間で一度も戦闘は起きていない。

 世界各国の紛争も、一時的にだが減少傾向にあるとのこと。


 そして、その立役者としてどうやら俺が選ばれてしまったらしい。

 って、こんなことになるなんて……聞いてない・・・・・ぞ!?


『ではイロハさん、世界に向けてスピーチを』


《わ、わかりました》


 壇上で俺は口を開いた。

 ……こうなった原因である人物に恨みを込めながら。


《ご参列のみなさま。わたしは今日、VTuberを代表してこの賞を拝受いたします!》


 俺は視線を参列席の一部へと向けていた。

 そこにはアメリカ合衆国大統領である、あんぐおーぐのママが座っていた。


 彼女はおもしろがるようにコロコロとした笑みを浮かべている。

 お前、マジで許さないからなぁああああ!?


 そうして今年のノーベル平和賞は異例の事態となった。

 理由は大きく、ふたつ。


 実在する人物ではなく、キャラクターが賞を受け取ったこと。

 そして、歴代最年少の受賞記録を更新したこと。


 そんなめでたい日に俺はひとり、1年前の自分の発言を後悔していた。

 なんであんなこと・・・・・を頼んでしまったのか、と――。


   *  *  *


「やっほぉ~。遊びに来たよ……って、イロハちゃんが死んでるぅ~!?」


「あぁ、なんだ。マイか~」


 数日後、俺は自室の床で倒れ伏していた。

 そんな俺を発見し、マイが驚きの声をあげている。


 というかマイのやつ、今さらだけど当然のように俺の部屋に入ってきてるな。

 べつにいいけど。


「いったい、どうしたのぉ~!?」


「どうもこうもないよ。この間の授賞式の疲れが抜けなくて」


「んぅ~? けどイロハちゃんにしては珍しいねぇ~? いつもなら、配信見てればすぐに復活するのにぃ~」


「まぁ、正直言うと、授賞式自体の疲れは大したことなくって……問題は学校のやつら。ソワソワソワソワ! 聞きたい、けど聞いちゃダメだよね? みたいなやりとりをずーっとしてくるんだよぉおおお!」


「あぁ~、はいはい。とりあえず立って、制服を着替えてからねぇ~。シワになっちゃうからぁ~」


 マイが俺の脇に手を差し入れ、ひょいっと立ち上がらせた。

 それから、俺の姿をじぃ~っと見つめてくる。


「な、なんだよ?」


 俺はマイの手を払い、自分の身体を抱くようにして距離を取った。

 またセクハラされてはたまらない。


 しかし、やけに熱心に見てくるな?

 俺もマイも、もう中学2年生。


 今さら俺の制服姿なんて、珍しくもなんともないはず。

 と思っていたら、マイが神妙な顔つきで尋ねてきた。


「ねぇ、イロハちゃん。もしかして――ちっちゃくなったぁ~?」


「お前が成長したんだよ!?」


 思わずツッコんだ。

 いやほんと、子どもの成長は早いもんだった。


 マイはぐんぐんと背を伸ばしていた。

 しかも、まな板だったあー姉ぇとはちがい、その胸部も順調に大きくなっている様子。


 そんな成長に俺としてはすこし、寂しさを覚え……ないな!

 べつにどっちでもよかったわ。


 VTuberのデザイン変更や新衣装はとても重要だ。

 けれど、人間なんてしょっちゅう変わるものだし、いちいち反応もしてられない。


「だとしても、イロハちゃんはいくらなんでも成長しなさすぎ・・・・・・・じゃないかなぁ~?」


「あはは、そんなバカな。きっと気のせい……」


 言いながら俺は「そういえば」と思い出す。

 この間の身体測定、俺の身長は去年から――1ミリも伸びていなかった。


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