第132話『移住する人々』

「成長しなさすぎじゃないかなぁ~?」


 マイに言われ、俺は自分の身体を見下ろした。

 たしかに、ぺったんこな幼児体型だ。


「あれじゃない? まだ成長期が来てないだけ」


「え? イロハちゃんはもうお赤飯を食べ――モガモガ!」


「デリカシー」


 俺はマイの口を塞いだ。

 前世が男だったせいか、いまだにそういう話題はニガテだ。


「けど、たしかに」


 初潮は来てるんだから、すでに第二次性徴期には入っているはず。

 にもかかわらず伸びないということは……”もう成長期が終わってる”?


 いやいやいや、いくらなんでもそれは早すぎるだろう。

 だって、まだ初潮が来てから1年ちょっとしか経っていない。


 じゃあ、いったい……。

 俺は考えながら、マイを解放した。


「ぷはっ! イロハちゃんのお手てぷにぷにだったぁ~」


「口塞がれて、なんでちょっと楽しそうなんだよ」


 しかし、のほほんとした雰囲気から一転。

 マイは真剣な表情で俺に言ってくる。


「ねぇ~。一応確認なんだけど、また病気じゃあないよねぇ~? あるいは去年の事件のときの後遺症とかぁ~」


「ないない。心配しすぎだって」


 俺は笑って手を振った。

 むしろ体調はあの事件以降、ずっと好調が続いている。


 脳だって治っていたし、そういえば風邪もしばらく引いていないような?

 これはもしかしたら、あのときのだれか・・・からの贈りものなのかもしれない。


 なんたって、まだまだこれからも俺には活躍してもらいたいはずだし。

 今でこそ平穏が保たれているが、戦争に終わりがないように、俺の役目にも終わりはない・・・・・・わけで。


「……いやいやいや、まさか」


「どっ、どうしたのイロハちゃん? すごい汗だよぉ~!?」


「はっはっは、気のせい気のせい」


 誤魔化すように俺は笑った。

 だって、もし仮に……仮にだぞ?


 俺が”不老不死”にでもなっていて、成長が止まっているのだとしたら。

 もし、そんなことが現実になっているのだとしたら……。



 ――俺は一生、推しの晩酌配信に参加できないってことじゃねぇかぁあああ!?



 そんなものは、断固お断りだ!


   *  *  *


《ねぇ、おーぐってめっちゃ小さいよね?》


『イロハには言われたくねーよ!? ていうかオマエ、しょっぱなからケンカ売ってるのか!?』


 俺は自室でひとりになったあと、あんぐおーぐに電話をかけていた。

 不思議と、こうして彼女の声を聞くのは久しぶりに感じる。


《で、おーぐは何歳くらいで成長止まったの?》


『やっぱりケンカ売ってるだろ!? けど、イロハがワタシ自身に興味を持つなんて珍しいな』


《そうだっけ? あ~、まぁちょっと死活問題で》


《フ~ン?》


 なぜかちょっと、あんぐおーぐがうれしそうな声を出す。

 マイといい、女子の感性は本当にわからんな。


《ちなみに、おーぐって今は身長何センチ?》


『うげっ、センチぃ!? それは計算がメンドウだな。インチじゃダメなのか?』


《べつにいいけど。あー、そういえばアメリカはヤードポンド法が主流だもんね。……なんで?》


『ワタシが知るか! オマエんトコだって”ジョウ”とかいう、ナゾの単位使ってるだろーが!』


《た、たしかに!?》


 単位がちがうの本当に困るんだよな~。

 大手はいいけど、個人の海外勢のグッズを取り寄せるときに何度失敗したことか。


 とか、不満に思っていたのだけど……。

 これじゃあ、日本もあまり他国のことは言えないな。


『しかも、”ジョウ”の場合、地域によってもサイズがバラバラなんだぞ? なんでだよ!? めちゃくちゃわかりづらいだろーが!』


《えっ、アレってサイズ決まってないの!? むしろ、それはわたしが知らなかった。というか、おーぐ『じょう』なんて単位よく知ってたね》


『へっ!? あっ、イヤ! それはその!?』


《……? どうしたの、そんなに慌てて?》


 あんぐおーぐもなかなかの日本フリークだ。

 多少、偏った日本の知識を持っていても、べつに変ではないと思うのだけど。


『そ、そう! 日本のお寺を調べたことがあって、それで!』


《あ~、やっぱり》


『……ホっ』


 案の定、そういうことだったらしい。

 べつにそんな恥ずかしがるような趣味でもないだろうに。


 いやまぁ、寺のサイズまでとなるとかなりマニアックなのか?

 そんな俺の思考を打ち切るように、「それよりも」とあんぐおーぐが声を発する。


『イロハ、この間の授賞式ワタシも見たぞ!』


《うへぇ~。その話はもうお腹いっぱい》


 苦い声でそう返す。そういうのは学校の教室だけで十分だ。

 しかし、ちょっと気になることが。


《おーぐって、あれからおーぐママと一緒に住んでるんだよな?》


『ヘっ!? あ~まぁ、うん、そうだな』


《ねぇ、おーぐママ、なにか言ってなかった?》


『ママが? ……そういえば』


《なんて!?》


 前のめり気味に訊ねる。

 あんぐおーぐが電話越しに「どうどう」と俺をたしなめた。


 彼女が大統領になって以来、直接に話をすることはできなくなっていた。

 だから、こうしてあんぐおーぐ経由で情報を得るしかないのだ。


《で、どんなこと言ってた!?》


『え~っと、「移住していく人が多くて困る」って』


《はぁ~。な~んだ》


 ガクっ、と崩れ落ちた。

 そういう意味ではなく、”お願い”に関する情報が欲しかったのだが。


『ムっ、イロハ! オマエこの重要性を理解してないな!?』


《いや、ごめんごめん。そうだよねー》


『本当に大きな問題なんだぞ! ……それに、これからその特定の国でVTuberだって増えるかもしれないし』


《話を聞こうじゃないか》


 俺は意識を真剣モードに切り替えた。

 なぜか、あんぐおーぐが呆れたようにため息を吐いた。

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