第133話『空気がきれいな国』

 移住で今後のVTuber業界にも影響があるかも。

 なんてことを言われたら、話を聞かないわけにはいかない。


『ほら、ウクライナの一件で危うく核戦争になりかけただろ? で、今も停戦はしてるけど……やっぱりそういうコトが起きるとしたら、ロシアの周辺になる可能性が高いってミンナ考えてて』


《それでウクライナやロシアの周辺から人が減ってるのか? けど、それって逆じゃない?》


 むしろ最近は疎開していた人が大勢、帰ってきていると聞く。

 ウクライナも、ロシアも。


 それにはビザが関係していたりする。

 もちろん事由によって大きく変わるのだが、最長でも1年で切れてしまうことが多いそうだ。


 それに戦況も安定した状態が続いていた。

 結果、数ヶ月前から一気に帰国する人が増えているらしい。


 そういえば、と俺は思い起こす。

 今ごろ、小学校のときに転校してきたあの子はどうしているだろうか?


 彼女もウクライナに帰国したのだろうか?

 最後に連絡を取ったのは、バイリンガルのVTuberをオススメしたときだから……もう1年以上、前になる。


『たしかに帰国した人も多いが、それはあくまで一例だぞ。実際、金持ち連中はみーんな逃げ出してる。まぁ、家族や大切な人の命をお金で買えるなら、安いもんだろうけどな』


《そりゃまた。で、逃げるったってどこへ?》


『ニュージーランド』


 えーっと? たしか南半球にポツンと浮かんでる島国だよな?

 ちょっと突拍子のない行き先に感じるのは、俺だけだろうか?


『理由はいくつかあるな。最近、先進国に仲間入りしたこと。島国という立地上、侵略されにくいこと。なにより南半球に位置すること』


《最初のふたつはともかく、最後のはなんで?》


『”空気がきれいだから”』


《……》


『べつにバカにしてるわけじゃないぞ。本当の話だ』


 北半球と南半球でそんな差があるか!

 というツッコミに先回りして、あんぐおーぐが答える。


『現状、核戦争が起こるなら北半球の可能性が高い。そして核が落ちると、空気中に大量の”すす”が舞う。そして地球の自転によって、煤は同緯度帯を循環する……らしい・・・


 煤か。それは考えてなかった。

 核攻撃は撃ってハイ終わり、ではないのだ。


 現代の”きれいな爆弾”だって同じ。

 放射能以外にも核兵器の脅威は存在する。


《もしそんなもので空が覆われたら……》


『日光が届かなくなって、寒冷化が起こるだろうな。シミュレーションにもよるみたいだけど、食料生産が激減して数億人単位で餓死者が出てもおかしくないって』


《そりゃ、逃げ出すわけだ》


『今、ニュージーランドの地価は3倍以上にも高騰してるとか。最近は、小金持ちくらいの人も参入してきて、ますます上がりそうだって』


《こういうのもバブルっていうのかな?》


『ワタシのママはそんな人たちに「愛国心が足りない!」ってすっごく怒ってたけどな』


《あ~》


 アメリカの大統領になるような人だ。

 そりゃあ、愛国心だって人一倍だわな。


『あとはオーストラリアとか、中立国であるスイスとかも人気みたい』


《なるほど。たしかにこの調子でいくとそういう国でVTuberや、そのイベントが増えてもおかしくないな》


『一応確認しておくけど、まさか、イロハまで移住を考えたりしてないよな!?』


《え、え~っと! い、今はまだ日本やアメリカがVTuberの本場だし!》


『オイ!? ……はぁ~。まぁ、イロハらしいけど』


 と、そこまで話したところで空気が弛緩した。

 あんぐおーぐが「にしても」とちょっと恨めしそうな声音で言ってくる。


『イロハ、オマエあたりまえみたいに英語しゃべってるよなー』


《ん? それがどうかした?》


『イヤ~、べつに~? ただ、アレだけワタシが毎日……何時間も、何時間も、何時間も! 英語教えてやったのに! イロハは結局、ひとりでまた解決してたな~って!』


《うっ!?》


 いや、正確にはひとりではないのだが。

 あのとき話しかけてきた、外国人の男性のおかげもあるわけだし。


『そんで、病院から歩いて帰ってきたと思ったら、ケロッとした顔で「あ、英語またしゃべれるようになったわ」って。いやいや、ワタシの労力は!?』


 あっ、やべっ。なんか変なスイッチを踏んじゃったらしい。

 俺はあんぐおーぐをなだめにかかる。


《お、落ち着いて。もう1年も前の話じゃん。ね?》


『そうだぞ、1年だ! もうそんなに経ったのか~って思い出してたら、だんだんとムカついてきた! 当時は「よかった」ってなってたけど、よくよく考えたらおかしいだろ!?』


《それは、え~っと、なんていうか》


 なにか、この状況を解決するひと言はないのか!?

 俺は必死に頭を回転させ……。


《え、えーっと、そう! 当時、わたしは言語関係の記憶を失っちゃってたけど、おーぐがたくさん教えてくれたことが、思い出すトリガーになったんだよ! ……1パーセントくらい(ボソッ)》


『ん? 今、最後になにか言わなかったか?』


《言ってない言ってない! おーぐのおかげでまた、こうしておしゃべりできるようになったって言ったんだよ! ありがとうおーぐ!》


『……そ、そうか?』


 あんぐおーぐがちょっと揺らいだのがわかった。

 俺は「ここだ!」と狙いを定め、畳みかける。


《そういえば、まだお礼をしてなかったな~。おーぐになにかお礼をしてあげたいんだけどな~。どんなのがおーぐはうれしいかな~?》


『ま、まぁ? そこまで言うなら? お礼されてやらなくもないぞ!』


 あんぐおーぐが電話の向こうで「むふーっ!」と鼻を鳴らした。

 勝った。ちょろいなコイツ。


『あ! じゃあ、さっそくひとつお願いしてもいいか!?』


《ん? なに?》


『じつは……今度、日本へ行く用事があるから、そのときにまたイロハの家に泊まらせてくれ!』

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