第134話『1年越しの歌枠』
『またイロハの家に泊まらせてくれ!』
《え!? お願い、そんなことでいいの?》
1年前、病室であんぐおーぐに付きっきりで英語を教えてもらった。
そのお礼が、ただのお泊まり?
『いいのいいの。ってイロハ、そろそろ時間じゃないのか?』
あんぐおーぐに言われて気づく。
そういえば今日はこのあと、配信の予定があるんだった!?
《うわっ、ヤバっ!? それじゃあ、おーぐ。またね!》
『またな~』
もはや、俺よりもあんぐおーぐのほうが、俺のスケジュールに詳しいな。
なーんてことを考えながら通話を切る。
「しっかし、ずいぶんと安く済んだな~」
もっとキワドイお願いをされると思ってたのに。
俺は「ラッキー!」と思いながら準備を急いだ――。
* * *
それから30分後。
「”みんな元気ぃ〜? みんなのお姉ちゃんだヨっ☆”
「”わたしの言葉よあなたに届け!” 翻訳少女イロハでーす」
俺はコラボ配信に参加していた。
今日は、あー姉ぇのチャンネルからお送りしている。
>>アネゴ好きだぁあああ!
>>イロハロ〜!
>>イロハちゃん、受賞おめでとう!(米)
「ありがと〜」
自分のチャンネルではもう報告していたが、あー姉ぇのチャンネルに出るのは受賞以来はじめてか。
さすがに他人のリスナーなので「しつこい!」とは言えない。
「イロハちゃんっ、それお姉ちゃんもウォッチしてたよ~! さすがは我がシスターだ姉ぇっ☆」
「うん、ちょっと待ってね? 急に新要素出してこないでくれる? なんで外国語にかぶれてるの!?」
「そんなことナッシング☆ 気のSayだYO!」
「ほら!? というか、最後のは英語というかラップ!」
いったい、わたしがスイス行ってる間になにがあったんだ!?
授賞式が予想外に拘束時間が長くて、アーカイブが溜まってしまっていたのだけど。
>>最近のアネゴ、知らない日本語が多いと思ったら”ジャパングリッシュ”だったのか(米)
>>聞き取りづらいから勘弁してくれ!(英)
>>アネゴの言ってることはわからないけど、言いたいことはわかる(加)
「大丈夫、あー姉ぇ!? めちゃくちゃ言われてるけど!?」
「だぶりゅー、だぶりゅー、だぶりゅー」
「それは英語じゃないね!?」
そんなやり取りをしている間にも、コメント欄には様々な言語で書き込みがされていた。
あー姉ぇが外国語にかぶれたのは、これも一因だろう。
じつは1年前のあの事件を経て、俺に次いで爆発的な人気を集めたのがあー姉ぇなのだ。
……いやいや、なんで!?
この人、英語すらしゃべれないが!?
お前らいいのか、それで!?
「ちっちっち! イロハちゃん、知らないの~? コミュニケーションにおいて言語が占める割合って、たったの2割しかないんだよ~!」
「それ絶対、だれかの受け売りだろ」
「ともかく! なにが言いたいのかというと、一番大切なのはボディランゲージ! 言葉が通じなくても、仕草や表情、声のトーンで大半の思いは伝わるってこと!」
「お前はVTuberだろうがぁあああ!」
しかも、2Dモデルっ!
ボディランゲージもへったくれもあったもんじゃねぇ!?
「えっ、そうなの!? じゃあ、アレだよ! パッション!」
「あー姉ぇは、ほんと、なんていうか。はぁ~」
実際、それで伝わってしまっているのが厄介なところ。
おかげで否定もできない。
「言葉の壁は厚いが、みんなが思っているよりはずっと薄い」というのが俺の持論。
あー姉ぇの場合「言語の壁がどれだけ厚かろうが、がんばったら壊せる!」とか考えてそうだ。
「え~、ダメかな~? も~、わかったよ。やめればいいんでしょ~。イロハちゃんはワガママだ姉ぇ~」
「コイツ……!」
>>イロハちゃん、抑えて!
>>うちのアネゴが本当にスミマセン!
>>アネゴを止めてくれてありがとう、イロハは救世主だ(米)
俺は「ひっひっふー」と深呼吸(?)して怒りを堪えた。
まぁ、精神年齢でいえばこっちのほうが年上だし? 大人の対応をしてやろうじゃないか。
「で、今日はどんな予定だっけ?」
「そうだった! 今日はね~、ひさしぶりのコラボ歌枠だヨっ☆」
>>よっ、待ってました!
>>イロハちゃんの歌枠、数少ないから助かる
>>全然、自分からは歌おうとしないもんな(米)
「言われてるよ、イロハちゃん~?」
「うっ!?」
正直、その自覚はあった。
しかし、これには理由があるのだ。
たしかに今の俺は『チートじみた翻訳能力』の呪縛からも解放され、普通に歌えるようになっている。
しかし、その普通というのが非常に厄介で……。
「よし! じゃあ、あんまり待たせてもなんだし、さっそく歌っていこっか! あの事件から1年。今、歌うならこの曲に決まりだ姉ぇっ☆」
言って、あー姉ぇが音源を流しはじめる。
それはあの事件のときに作られ、多くのVTuberや俺が歌い――そして、世界を救った曲だ。
「ほらっ、イロハちゃん! 歌うよ、一緒に!」
俺はあー姉ぇに促され、息を吸い込んだ。
その結果は……。
* * *
「あははは! なんというか、イロハちゃんって普通に歌がヘタだよ姉ぇ~!」
>>そうなんだよな~、オンチってわけでもないけど普通にヘタクソ(米)
>>ゆったりイロハを返して
>>棒読みじゃないとイロハちゃんって感じがしない(韓)
だから歌いたくなかったなんだよぉ~~~~!
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