第135話『自然言語処理』

「イロハちゃんって普通に歌がヘタだよ姉ぇ~!」


 棒読みではなくなった俺を待っていたのは、そんなリアクションだった。

 俺は泣いた。


 理不尽じゃね!? 歌がうまくなって叩かれるとか!?

 いやまぁ、棒読みじゃなくなっただけでヘタなのは事実なんだけど。


 それに正直、俺も気持ちはわからないでもないし。

 だってVTuberにおいては、オンチもひとつの魅力なのだから。


>>イロハちゃんが微妙に歌うまくなっちゃったの寂しい

>>ボイトレにも通ってるんだっけ(韓)

>>むしろ通っててこれなのは……いや、なんでもない(米)


「うるせぇえええ! 歌がヘタクソで悪いかぁあああ! これでもボイトレの先生には『日々ちょっとずつ進化してる』って褒められてるんだぞ!」


>>お世辞だぞ(米)

>>ほめて伸ばそうって魂胆やな

>>効果はありましたか?


「うぐっ!?」


 コメントがもろにダメージに!?

 だって、今の歌唱力ってそのまんま俺の本来の実力だから。


 正直、自分がこんなにも歌がヘタだとは知らなかった。

 まぁ、他人とカラオケに行く機会なんて前世含めてほとんどなかったし、ひとり家で口ずさんでいるだけでは気づきようがないしなぁ。


 かといって「棒読みに戻れ」と言われてもムリな話。

 だってあれは能力の影響で、そうなっていただけだから。


 ……じつは、一度だけ『ゆったり音声』をラーニングして再現できないかと試したことがある。

 が、ダメだった。


 まぁ、外国語がわかることとモノマネがうまいのはべつだもんなぁ。

 おかげで今は、ボイトレに通う毎日だ。


「けど意外だよ姉ぇ~。イロハちゃんがこんなにマジメにボイトレに通うようになるなんて」


「さすがに、コラボ相手のVTuberさんに迷惑かけられないからね」


>>そういうところイロハちゃん律儀だよなぁ

>>感性がちゃんと社会人してるよね(米)

>>だれかさんもちゃんと見習えよ……アネゴお前のことだぞ


 1年前のあの事件以降、俺は「一緒に歌を」というコラボの誘いを受けることも多くなっていた。

 歌枠くらいなら多少ヘタでも”味”なのだが、コラボでMVまで出すとなると……。


「ううっ」


 思い出しただけで、ぶるっと身震いしてしまう。

 あれホント、かかってる金額とんでもないからなぁ。


 それに、推しの歌を自分の不協和音で汚したくないし。

 自分が配信を見る時間を削ってまで歌を練習するハメになっているのは、そんなわけだ。


「まぁ、でもがんばらざるを得ないよ姉ぇ~。あたしたちは、近々――」


「わぁああああああ!?」


 俺は慌てて大声を出して、あー姉ぇの言葉をかき消す。

 こいつ、今なにを言おうとしやがった!?


「へ? ……あっ、そっか!? アレってまだナイショだった!」


>>おい!!!!(韓)

>>誤魔化した意味、ほとんどなくて草(米)

>>ナイショだった、って言うのがもう半分自白なんだがwww


「あー姉ぇ、わたしとのコラボ中だったから止められたけど、個人配信のときはほんと気をつけてよ!?」


「あっはっは! お姉ちゃんはおもらしなんて、しないって☆ ……ん、あれ? マネちゃんからメッセージ? この配信が終わったらお説教? な、なんで~っ!?」


>>マネちゃんもよう見とる

>>アネゴのマネージャーは、ほかのだれのマネージャーをするよりも大変だ(米)

>>この人、個人勢のときどうやって配信してたんだ???


「うぐっ!? え、え~っと、それより! この曲もほんと有名になったよ姉ぇ~!」


「……はぁ~。まぁ、そうだねー」


 あからさまに話題を変えようとしている。

 温情だ。乗ってやるとしよう。


 あの事件以降、この曲は本当に多くの人に歌われている。

 今なお、継続してたくさんのアレンジが作られているほどだ。


 そうなったのはこの曲が”不完全”であったがゆえ、だと俺は思っている。

 あのときは突貫で曲を作ってもらったからなぁ。


 「ここをこうしたらもっといい曲になるのに!」という創作意欲を刺激したのだろう。

  もちろん「使用料を取らない」と公言したことも大きかったが。


「あ、そうだイロハちゃん! あのときの言葉で歌ってよ! 授賞式の影響で、最近また専門家の人? が言ってたよ! 『あれは”りんがふらんが”だった!』って!」


「うへぇ~、またやってるの?」


 当時……あの事件のあと、その手の番組がしょっちゅう放送されていた。

 ほかにも考察本みたいなのが何十冊と出版されたりもしていた。


 その”説”にもいくつかバリエーションがあって……。

 世界共通語リンガフランガとか、世界祖語とか、テレパシーとか、集団催眠とか。


「なんでかわからないけど、あのとき意味がわかったような、心が伝わった気がしたんだよ姉ぇ~」


「そう言われてもね~。よく覚えてないし、何度言われてもわたしは歌わないからねー」


 言って、俺は誤魔化した・・・・・

 俺に言えるのは、あれもまたひとつの”言語”であったということだけ。


 現在、さまざまな研究機関があの歌の解析を試みているらしい。

 最新のAIを使って分析させている、みたいなウワサも。


「なんかアレみたいだよね~。なんだっけ? 神話の……」


「”バベルの塔”?」


「そう、それ!」


 たしかに、そうだな。

 もしかすると人類は今……。



 ――バベルの塔を再建しようとしているのかもしれない。



 その結果、バベルの民のように再び世界がバラバラになるのか……。

 あるいは今度こそ”神”に届きうるのか、それはまだわからないが。


「でもやっぱり歌えないか~。なんとなく、イロハちゃんならできそうな気がしたんだけど姉ぇ~?」


「……はっはっは」


 こいつ、なんでこんなときばっかり勘が鋭いんだ。

 って、あまり雑談ばかりしていてもいけないな。


「ほら、あー姉ぇ。次の曲」


「そうだった! え~っと次に歌うのは――」


   *  *  *


「……ふぅ~」


 配信が終わり、俺はヘッドホンを外して息を吐いた。

 と、視界の端でメッセージの着信を確認する。


「おっ」


 差出人は、すでに何度かやり取りをしていた、とある非営利法人だ。

 アメリカに拠点を置き、そして……。



 ――”自然言語処理”をメインに扱っている団体だった。

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