第136話『アメリカの学校』

《おどろいたな、さすがイロハだ! 教師としてもボクは鼻が高いよ!》


《え~、ありがとうございます。先生》


 中学校の職員室で、俺は英語の担任と話していた。

 鼻の高い彼が《ハッハッハ!》と笑う姿は、じつにらしく・・・てサマになっていた。


《先生ってアメリカ出身なんですよね?》


《そのとおりだよ。なんなら大学卒業後も数年間は、向こうで仕事をしていたからね。ん? もしかして、アメリカでの生活について話を聞きたいのかい?》


《あ~、遠慮しておきます》


《ハッハッハ! そうかいそうかい!》


 俺は若干、引き気味に断っておいた。

 いつもテンションの高い先生だが、今日は一段とだな。聞いたら絶対長くなる。


《なんだかんだ、先生との付き合いも長いですよね~。中学受験での面接からずっとですし》


《といっても、ボクがキミにそう教えられることがあったかはわからないけどね》


 言いながら先生は手元の紙……彼のテンションが高かった理由を指差した。

 それは俺の試験結果をプリントアウトしてきたものだ。


 といっても学内の定期テストではない。

 『TOEFL iBT』の成績だ。


《120点満点中、116点……今まで「面倒くさい」って言ってずっと受けてくれなかったのに。いざ受けたら、初回でこれかい? キミ、本当にネイティブじゃないんだよね?》


《だから、ちがいますって》


《帰国子女でも初回の平均は80~90点なんだけどね? それに国内だけで英語を学習した人に多いんだけど……たとえば英検準1級を持っていても、TOEFLだと60点しか取れなかったりとか》


 じぃ~っと探るような視線を向けられる。

 俺は視線を逸らしてはぐらかした。


 先生は「ふぅ」と呆れたように息を吐いた。

 見逃してくれた、というより、すでにわかっているから問い詰める必要がない、といった雰囲気。


《この英語力ならば大学教材や論文も十分読めるレベルだし、大丈夫だね。まぁ、決まりだったから提出してもらっただけで心配はしてなかったけど》


《あはは……。といっても、読解力と理解力はべつですけどね。文字だけ読めても、その分野に精通してないと結局は論文の内容なんかは理解できませんし》


《そうだね。あとは注意力とかも》


《うっ!? ケ、ケアレスミスには気をつけます》


 耳の痛い話だった。

 言語チート能力がどれだけ優秀でも、使う本人がミスしてちゃ意味がない。


《あ、一応言っておくけどTOEICのほうは受けなくていいからね。TOEFLでこの点数なら、どうせ満点だし》


《ミスしなければ、ですか?》


《そういうこと。あぁ、そうだ。個人的にボクの連絡先を教えておこう。勉強でもなんでも、聞きたいことがあったら気軽に電話してくれて構わない》


《ありがとうございます。では失礼します》


 言って、俺は職員室をあとにした。

 先日届いたメッセージ――先方・・とのやり取りも順調だし……。


「んん~っ」


 大きく伸びをして身体をほぐした。

 準備は着実に整いつつあった。


   *  *  *


「――と、しかるべき時期が近づいている。ゆえに、わたしは中学3年生となることによろこびを禁じえない」


 今、俺たちは配信中だった。

 しかし、なぜか俺の発言に対するリアクションは一拍遅れで、ひどくぎこちなかった。


「!?!?!? そ、そうでござるか」


「あ~、う~! ちっ、ちなみにイロハちゃんはコウコジュケンってどうします、ですか?」


「ふむ。高等学校受験については、現在はまだ複数の選択肢を検討中の段階であるといえる」


「それってつまりアメリカ・・・・みたいなカイガイのガッコも……」


「「アウトー!」」


「え? あぁっ!? 『ベーコク』でした!?」


 みんながホッと息を吐いた。

 今日、俺以外で配信に参加している面々は海外勢のVTuberだ。


 あの事件以降、日本以外にもVTuberが増えてうれしい、うれしい。

 で、コラボ配信をしていたのだが……。


「ワタシたち、もっとニホンゴ、ベンキョしたいです。だから、イマからエイゴなし、カイワしましょう!」


 と急遽、英語ワードNGゲームがはじまったのだ。

 で、当たり前なのだが俺は普通に日本人なので……。


「イロハちゃんだけ、これズルいです、と思います!」


「まったくでござる! しかも、わざとわかりにくい言葉を使ってくるんでござるが!?」


>>イロハちゃん容赦なくて草(米)

>>俺、日本人だけどちゃんと聞き取りづらいのすごいわ

>>大したことしゃべってないのになwww


「あ~もう、ギブアップでござる」


「ワタシも、です。ところでイロハちゃんはホントに、ガッコどうするですか?」


「ん~、そうだね~」


「よかったらアメリカくる、しませんか?」


「ジブンもイロハさん来るの、歓迎でござる! 最近はこっちもVTuber業界、すごくにぎわってるでござるよ!」


 まだまだ日本語に不慣れなVTuberと、変な日本かぶれを起こしたVTuberがふたりがかりで説得してくる。

 俺はしばし考えて、尋ねる。


「そうだなぁ。そもそもアメリカって高校受験とかあるの? アメリカの高校ってどんな感じなの?」


「アメリカはコーコジュケンない、です。ちかくにあるガッコ、いきます」


「で、ござる! 願書や推薦状を提出したら終わり、でござる。一応、SSATのスコアとか中学校の成績とか……よっぽど悪いと、落とされることもあるらしいでござるが」


「へ~」


「それにアメリカのコーコは……えーっと、”クレジットベース”。なんていうですか、これ?」


「単位制、かな?」


「で、ござるな。イロハさんに向いてると思うでござる」


>>アメリカって高校受験ないのか

>>僕もうすぐ高校受験だから、うらやましい

>>イロハちゃんなら高校からでも大学からでも、アメリカ渡る選択肢ってたしかにあるよな


「あ~っと、よし。じつはね……」


 せっかくの機会だから、と俺は今までぼかしていたことを明かすことに決める。

 じつは……。


「わたしは高校からアメリカに進学するつもりも、大学からアメリカに進学する予定はない」


「「えっ!?」」


 すくなくとも今のところは。

 コメント欄からも「もったいない!」と声が上がっていた。


 じゃあ、これまでの準備はなんなのかって?

 つまりは――”それ以外”だ。

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