第137話『住めば都』

《イロハ~! 遊びに来たぞ~~~~!》


《あ、おーぐ。いらっしゃい》


 俺はガチャリ、と自宅の玄関を開けた。

 アメリカから遠路はるばるやってきた、あんぐおーぐがそこに立っていた。


 彼女を家の中へと招き入れる。

 玄関の扉を閉めてすぐに……。


《会いたかったぞ~!》


《ちょっ、抱き着いてくるな!?》


 あんぐおーぐがハグを求めて身体を近づけてきた。

 俺は彼女を手のひらで、ぐぐぐっと押し留める。


 こいつ、もしかしなくても旅行でテンションが上がってやがるな?

 ちょっとは落ち着け。


《ブ~、ひさしぶりだってのにそっけなくないか?》


《おーぐの距離感がバグってるだけだからな!?》


 1年前、病院で毎日のようにお世話をしてもらって以降、俺たちの距離はかなり近づいてしまっている。

 正直、俺自身もかなり流されてしまっているので、人のことは言えないが。


 しかし、このままではファンとしての矜持のピンチ!

 初心忘るべからず。今回のお泊まりでは、きちんと節度を守った対応を……。


《そんなこと言っていいのか? 今日はワタシへの”お礼”だろ?》


《うぐっ!? ここで立場を持ち出してくるか》


 痛いところを突かれた。

 あんぐおーぐが「ほれ」と両手を広げてアピールしてくる。


《ぐぬぬ……わ、わかったよ。じゃあ、ちょっとだけだからね》


 俺は嘆息し、一歩だけあんぐおーぐへと歩み寄った。

 それから彼女の服の裾をちまっと摘まみ、コテンと頭を預ける。


《!?》


 あんぐおーぐの肩がビクッと跳ねた。

 俺は「まぁ、これならギリギリセーフのはず」と判断する。


 微妙にハグになっていない気もするが、接する面積を最小に留めた結果だから仕方ない。

 数秒、そうしたあとに離れた。


《ほら、これでいいでしょ。って、おーぐ? どうかしたの?》


 なぜかあんぐおーぐの様子がおかしい。

 顔が真っ赤になっていた。


《い、イロハ。オマエ、”天然”か!? 今の絶対にほかのヤツにはするなよ!?》


《へ? なんで?》


《なんでも、だ!》


《はぁ? まぁ、いいけど。元から、おーぐ以外にするつもりなんてないし》


《!?!?!?》


 俺の知り合いでハグを強要してくるのなんて、あんぐおーぐしかいない。

 というか、いつまでも玄関で立ち話もなんだな。


《そろそろ部屋に移動を……え~っと? おーぐ?》


《オマエ、さっきからわざとだろ》


《ど、どうしたの? なんか目が怖いんだけど》


《ウルサイウルサイ! イロハが悪いんだからな!? ぐるるるぅううう!》


《ちょっ、なんで飛びかかって……ぎゃぁあああ!?》


 玄関であんぐおーぐに押し倒された。

 と同時に、ガチャリと扉が開く。


「イロハちゃん、遊びに来たよぉ~!」「イロハちゃ~ん、お姉ちゃんだぞ~!」


《《あっ》》


「え」「ん?」


 空気が凍る、とはこういうときをいうのだろう。


 押し倒され、あんぐおーぐの下敷きになった俺。

 我に返ったのか、ダラダラと滝のような汗を流しはじめたあんぐおーぐ。


 笑顔のまま固まるマイ。

 「あら~」と声を高くするあー姉ぇ。


「ち、ちがうんダ! コレは……そウ! ちょっト、転んじゃっただけデ」


「そんな言いわけが通じるかゴラぁ~~~~!?」


「ヒィイイイ!? マイ、オマエ女の子がしちゃいけない顔になってるゾ!?」


「うるせぇ~~~~!」


「あちゃ~、お姉ちゃんたちおジャマだったかな? よし、1時間後に出直してくるねっ。あっ、ファンの人たちへの報告はお姉ちゃんがバッチリ、トゥイートしといてあげるから!」


「ちょっ、待っ!? だれか、そこのバカあー姉ぇを止めろぉおおお!」


 どうやら、このメンツが集まると絶対にトラブルが起こるらしい。

 久々の全員集合は、そんな大騒ぎからはじまったのだった――。


   *  *  *


「で、ふたりは玄関でなにしてたわけぇ~?」


 自室にて、俺とあんぐおーぐはマイに正座させられていた。

 ちなみにあー姉ぇはベッドに寝転がって、そんな俺たちを見てケラケラと笑っている。


「だかラ、誤解だって言ってるだロ!?」


「『ハァ、ハァ』言ってたのにぃ~?」


「!?!?!? い、言ってないシ!」


「いや、言ってただろ」


「イロハ、オマエ裏切るのカ!?」


「やっぱり、おーぐさんは信用できない! 今回、日本に来たのだってなにか目的があるんでしょぉ~? イロハちゃんは絶対に渡しませんからねぇ~!」


「むぎゅっ!?」


 言って、マイが正座していた俺を「自分のものだ!」と主張するかのように抱き寄せた。

 ちょ、高さが……あの、ちょうど、当たって。


「ナっ!? マイ、オマエいつの間にそんなに大きク!? ……なるほどナ。イロハが自分の”成長”を気にしてたのハ、そういう理由だったのカ」


「おい、勝手に変な納得をするな!? えーっと、それよりも! おーぐの言ってた『日本に来る用事』ってなんだったんだ?」


「フッフッフ! よくぞ聞いてくれタ!」


 あんぐおーぐが急に勢いを取り戻し、立ち上がる。

 そして『ババン!』と効果音が聞こえそうなほどに、ない胸を張って答えた。


「ワタシが今回、日本に来た理由。ソレは……家の”内見”ダ!」


「内見? それって、つまり」


「よろこべ、イロハ。じつはワタシ――」



「――日本に引っ越すことになったんダ!」


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