第138話『遠距離恋愛(?)』


「じつはワタシ、日本に引っ越すことになったんダ!」


 あんぐおーぐは「どうだ驚いたカ」と言わんばかりにドヤ顔を作った。

 まさか、そんな計画を立てていたとは。


「家の内見って、まさかイロハちゃんの家をぉ~!? どっ、同棲なんてマイが許しませんからねぇ~!?」


「ちがうゾ!? 普通に引っ越しだからナ!?」


「ほっ、なぁ~んだ」


「まァ、でモ? イロハがそうしたいって言うんなラ? ”シェアハウス”でもワタシは構わなイ、みたいナ?」


「それはない……って、え? ちょっと待ってぇ~!? 今、おーぐさん『日本に引っ越し』ってぇ~!?」


「そう言ったガ? これでイロハたちと、今までよりもずっとオフコラボがしやすくなるナ!」


 満面の笑みで、あんぐおーぐは笑った。

 それを聞いてあー姉ぇとマイが「「あっ」」と声を漏らした。


「ン? どうしたんダ? ふたりモ、もっとよろこんでいいんだゾ?」


「いやぁ~、そのぉ~」「あっはっは! おっ、お腹痛いっ!」


 マイはどこか気まずそうに目を逸らした。

 あー姉ぇは爆笑していた。


「な、なんダ? マイもアネゴも……ワタシ、変なコト言ったカ?」


 ふたりの反応にあんぐおーぐが困惑していた。

 俺はひとり納得していた。


「へ~、まさかおーぐが日本に引っ越しとはね~。それで『じょう』とかにやたら詳しかったのか」


「そういうコトだナ! デ、具体的にドコに住むかなんだガ……やっぱリ、このあたりがいいと思っテ。正直、わからないことも多いかラ、困ったときにイロハやアネゴを頼らせて欲しイ」


「ははぁ~ん。そっちが”お礼”の本命だったわけだ。どうりで軽すぎると思った」


「バレたカ」


 あんぐおーぐはちらりと舌を出して、イタズラっ子らしい笑みを浮かべた。

 まぁ、理由なんてなくたって、あー姉ぇたちが手助けしていただろうけど。


「けど、いいの? おーぐママ、『日本に引っ越す』なんて言ったら怒ったんじゃない?」


 ただでさえ、移住に関して苦言を呈していたらしいし。

 それが実の娘ともなれば……。


「あァ、ママなら『イロハの近くなら、むしろ行って来い』って言ってたゾ? こういうのなんて言うんだっケ? ”親公認”?」


「おいバカやめろ。これ以上、余計な誤解が生まれたらどうする」


 しかし最近、日本に来る人が増えたなぁ、と思う。

 それはあんぐおーぐのような引っ越しにかぎらず、だ。


「ほんとVTuber業界の盛り上がりすごいよねー。移住でなくても日本に遊びに来る人、最近はめちゃくちゃ多いし。みーんなVTuberのグッズ欲しさに、東京のアキハバラや、大阪にニッポンバシの観光に来てる」


「その立役者がオマエだろーガ」


 そう言われるとむず痒いな。

 VTuber業界のために自分がなにかできたのなら、それがなによりの褒め言葉だ。


「マ、これから日本の生活を満喫させてもらうヨ」


「そっかそっか。じゃあ、さっそく観光がてら買いものでも行く? じつはわたしも欲しいグッズがあって」


「オっ、いいなソレ! ワタシも買いたいものがいっぱいあるんダ! ……というカ、イロハ。この部屋、なんか前来たときに比べて異常にグッズの数が増えてないカ?」


「さ、さぁ気のせいじゃないかなー!?」


「ナっ!? コレ、もしかしてオヤビンの直筆サイン!? しかモ、黎明期の激レア品!? いったいどうやって手に入れタ!?」


 ま、マズい! うっかりしていた。

 あんぐおーぐもかなりのVTuberフリークなんだった!


「そっ、それよりも! 早く、買いものに……!」


「――ちょぉ~っと、待ったぁ~~~~!」


 マイが大声で俺たちを静止した。

 俺はあんぐおーぐの背中をぐいぐいと押していた手を止めた。


「急にどうしたの?」


「いやいやいや『どうしたの?』じゃないでしょぉ~!? イロハちゃん、おーぐさんに言わなきゃいけないことあるんじゃないのぉ~!? このままじゃ大変なことになる、っていうかもうなってるよぉ~!?」


「ん? なんかあったっけ?」


「オイ、なんの話ダ?」


 あんぐおーぐに尋ねられるが、俺もわからない。

 マイはしびれを切らしたように口を開いた。


「あぁ~もぉ~! じゃあマイが言っちゃうからねぇ~!? おーぐさん、非常ぉ~に言いにくいことなんだけど、ショックを受けるかもしれないんだけど、気を強く持って聞いて欲しいんだけどぉ~」


「な、なんだヨ。そんなにも念押ししテ。怖がらせようとしてるのカ?」


「じつはイロハちゃんは……」



「――近々、アメリカに引っ越すの」



「ン???」


 あんぐおーぐがコテンと首を傾げた。

 理解が追いついていないのか、目から光が消えていた。


「つまりね、たぶん……おーぐさんが日本に引っ越してくるころには、イロハちゃんはもうアメリカに行ってる。言うなれば、おーぐさんは――完っ全に入れ違いになってるんだよぉ~っ!」


「ハァアアアアアア~っ!?」


 あんぐおーぐが絶叫した。

 あれ? そういえばあんぐおーぐにはまだ言ってなかったっけ?


「エっ? エエっ!? じゃア、ワタシがしたことっテ……? お、おいイロハ! オマエ、どうしてこんなに大事なコトを黙ってたんダ~!?」


 俺はあんぐおーぐに掴みかかられる。

 ガクンガクンと頭を揺さぶられるが、なんで責められるのかがわからない。


「え、でも……アメリカでも、推しの配信はちゃんと見られるよ?」


「そうだっタ!? イロハはこういうヤツだっタ~!?」


 あんぐおーぐは崩れ落ちた。

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