第139話『”ハイスクール”』

「まさか入れ違いになるだなんテ……」


 あんぐおーぐが崩れ落ち、おいおいと涙を流していた。

 そ、そこまで落ち込まなくても。


「これはイロハちゃんが悪いよぉ~」「あー! イロハちゃん、泣ーかせたー!」


 珍しく、マイまでもがあんぐおーぐの肩を持っている。

 それとあー姉ぇ、お前はあとで覚えておけよ。


「なんというか、うん。悲しい事件だったね?」


「サプライズがこんな逆サプライズになるなんテ、予想できるカぁあああ!」


 そう言われても……。

 俺も、もっと早いタイミングで『日本に引っ越す予定だ』って言ってくれていれば、『わたしもアメリカに引っ越すんだよねー』と答える機会もあったと思うのだが。


 きっと、こういう事故を回避するためにもマネージャーは存在するんだろうなぁ。

 サプライズするなら、事前に問題ないことをチェックする係が必要、という教訓を俺は得た。


「ううっ、ワタシはいったいなんのためニ」


 さすがにちょっと不憫に見えてきた。

 マイもまるで「仲間だ」と言わんばかりの態度だし。


「えーっと、ごめん? 悪かったよ?」


「首を傾げながら言うナ!? グスン……アー、もウ! それデ……」


 俺が困っていると、あんぐおーぐは自らこの空気を払拭するように声を上げた。

 まぁ、まだ目は恨みがましくこちらへ向けられていたが。


「イロハはなんのためにアメリカへ行くんダ?」


「あぁ。それなんだけど、じつは……」



「――”留学”しようと思って」



「エェエエエっ!?」


 高校からでもなく、大学からでもなく。

 中学3年生の時点で、もうアメリカへと渡るつもりなのだ。


「けド、待てヨ? もしかしてイロハ、引っ越しって言っても今すぐってわけじゃないのカ?」


「あっ、鋭い」


 さすがアメリカに住んでいるだけあって、詳しいな。

 日本とちがいアメリカは2学期制だ。


 そのため、進級や進学のタイミングがズレてくるのだ。

 具体的にはアメリカの学校は9月ごろからはじまり、5月ごろに終わる。


 つまり、中学2年生の終わり際……今、このタイミングで留学を受け入れている学校はまずない。

 だって、ほとんど休みになってしまうから。


「向こうの学校に通うのは8月末から。とはいえ、引っ越しはもっと前倒しして行うつもりだから……」


「そうカ~。ワタシもまだいろいろ手続き残ってるかラ、今すぐ日本に引っ越せるわけじゃないシ。かといって今さら取りやめられるわけでもなイ。結局、日本じゃほとんどイロハと一緒にいられないのカ~」


「あはは、そうなるねー」


「『あはは』じゃねーヨ!?」


 おっと、つい。油断した。

 あんぐおーぐはわずかに葛藤した様子ののち、大きなため息を吐いた。


 どうやら、諦めたらしい。

 まぁ、今さらどうにかできる問題でもないしな。


「けド、ちょっと意外だナ。その時期にアメリカへ渡るのに留学なのカ。――”進学”じゃなくテ」


「そのとおり!」


 日本とアメリカの学校のちがいは、学年区分にも及ぶ。

 具体的にはアメリカでは小学校が5年間、中学校が3年、高校が4年間という区分けになっているので……。


「つまリ、イロハは中学校を卒業せズ、向こうの”ハイスクール”に通いはじめるのカ!」


「そうなるね~」


「えっ!? イロハちゃん飛び級するの!?」


「いや、べつにそういうわけじゃないからね!? 学年も1個ズレたようにみえて、変わってないし。あと、あー姉ぇには前、説明したはずなんだけど!」


「???」


「お、お姉ちゃん……」


「うん! わたしの記憶ちがいだったかな!?」


 俺はあー姉ぇへの説明を諦めた。

 彼女は置いていこう。この話題にはついて来られそうにない。


「現状はまだ、そのままアメリカのハイスクールに通い続けるとは決めてない。だから、進学じゃなくて留学。半年くらい向こうで過ごしたあと、日本に戻ってきてから高校受験するつもり」


 そんな要望を叶えてくれたのが、俺の英語担任だった。

 彼は留学を受け入れるようなプログラムがあり、かつ”立地がいい”学校を見つけ……。


『これでもボクは結構、顔が広いんだよね。こういうパターンはすごく珍しいけれど、心配いらないさ! ようやくイロハが乗り気になってくれたんだ、この機会は絶対に逃せないね!』


 と言って、あっという間に許可を取ってきてしまった。

 聞けば、なんでもアメリカまで下見まで行ってくれたらしい。


『帰省のついでだったからね。向こうの学校や先生も、イイ感じだったよ』


 とか平然と笑っていたが、どっちが本当は『ついで』だったかなんて言わずもがな。

 俺はもうあの担任には足を向けて寝れないな。


 あと、このアクティブさも一生マネできないと思った。

 他人のためにここまでするなんて……。


 俺にはできない。

 VTuber、ひいては自分自身のためじゃないと。


 で結局、俺自身がやったことといえば、いくつかのテストとオンラインでの面談くらいだった。

 あとはお金。


 いや、冗談ではなくマジで。

 留学ってめちゃくちゃお金かかるのな!?


 まぁ、幸いにも俺はそのあたりの心配をほとんどしなくても大丈夫なのだけど。

 推してくれている視聴者に、今度なんかお礼でもしないとな。


「まさカ、イロハがアメリカに、とはナー。やっぱりVTuberの本場は日本だシ、イベントの数を考えたら絶対に日本を離れることなんてないと思ってたのニ」



「――そんなことない!!!!」



「おワっ!? ど、どうした急ニ?」


 俺は前のめりになって、あんぐおーぐの言葉を否定した。

 まさか知らないのか?


 であれば、これは……布教の時間だ!

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