第140話『ホワイトハウス』


 アメリカのVTuber市場が今、アツい!


 そのことにあんぐおーぐが気づけていないのは、彼女自身が当事者だからだろう。

 嵐の中心にいては、風を感じにくいものだ。


「じつは今年の”夏”ごろから年末にかけて、そっちで大規模なVTuberイベントが目白押しなの!」


「そうだったカ?」


「そうなんだよ! わたしも夏にアメリカで開催されるライブに関しては、すでにチケットを確保して、先行発送のグッズも購入して備えてるんだからね!? そのあともイベントがたっくさんあって!」


 俺は「ハァ、ハァ」と興奮しながらあんぐおーぐに語る。

 布教活動はなんて楽しいんだ!


「アメリカはどうしたって広すぎるから、今まではなかなかそういうのも難しかったらしいけど、VTuberの数が増えたから!」


「ワタシも州を跨いだ移動の予定とカ、多くなってた気がすル」


「今、”新時代”に生まれた世代のVTuberが大きくなって、現地ライブが行えるレベルにまで、ちょうど成長してきてるんだよ!」


「なるほド、そういうことカ……!」


「なによりもおーぐ、忘れてない? 正直、自分が参加するイベントはカウントしたくないんだけど、わたしたちが参加する例の・・超特大イベントだって、開催が控えてるんだよ?」


「こうやって考えてみるト、たしかにすごく多いナ!?」


「そう! まさに、これからが一番盛り上がる時期なんだよ!」


 言って、俺はずずいっとあんぐおーぐに迫った。

 彼女はちょっと怯んでいた。


「新時代のVTuber、カ。そこまではワタシはフォローできてなかったかラ、それで認識の差ガ……っテ、あノ、イロハ? ちょっト、というかめちゃくちゃ顔が近イ」


「わかった、おーぐ? あっちのアツさが! 時期をかぎれば日本と同等、あるいはそれ以上! 中でも、とくにわたしが楽しみにしてるVTuberは――」


「わ、わかっタ。わかったからイロハ。ほんト、落ち着ケ。じゃないト距離ガ、顔ガ……唇ガ、そノ、当たっちゃウ……もウ、これ以上ダメっ……っテ、いい加減にしろォおおおお!」


「イロハちゃん、ストップぅ~~~~!?」


 あんぐおーぐに手のひらで押し返される。

 さらには、マイから羽交い絞めにされた。


 それでようやく、ハッと我に返る。

 いつの間にか、興奮しすぎて我を失っていた。


 鼻先が触れ合うほどまで、顔の距離が近くなっていた。

 慌てて、身体を引いた。


「もうっ、おーぐさんなにを考えてるのぉ~!? イロハちゃんにVTuberのことを質問したら、こうなることくらいわかるでしょぉ~!?」


「す、すまなイ。ワタシが悪かっタ」


 俺、怒られすらしなかったんだが?

 なんか、これはこれでダメージが来るな。


 だからといって今後、自重するわけでもないがな!

 俺は「こほん」と誤魔化すように咳払いする。


「ま、まぁ! そんなわけでアメリカに引っ越すメリット・・・・はいっぱいなんだよ!」


「そうなのカ。……ン? 今、”メリット”って言ったカ?」


「うん、言ったけど?」


 あんぐおーぐがなにか、引っかかることでもあったかのように首を傾げる。

 そんなとき、あー姉ぇが「ねぇねぇ」と話に割り込んできた。


「日本が夏のときって、アメリカは冬だっけ?」


「あー姉ぇ、今まで学校でなにを学んできたんだ!? アメリカでも夏だよ! と言っても……あっ」


 俺は思わずツッコんでしまい、「しまった」と慌てて口をつぐんだ。

 しかし、一瞬遅かった。


「ハッ!?」


 と、あんぐおーぐが目を見開いた。

 それからスンと無表情になって、こちらを見てきた。


「イロハ、前倒ししてアメリカに引っ越すって言ってたけド、具体的にはいつ向こうへ渡るんダ?」


「6月頭だね。こっちの中学に通うのは5月末までだから」


「そうカ。ところで知ってるかイロハ? アメリカの夏は長いんダ」


「らしいね」


「アメリカの夏がいつからはじまるか知っているカ?」


「だいたい6月から、だったかな」


「最後にイロハ、オマエ――アメリカでのイベントが盛り上がるの、いつから・・・・だって言ってたっケ?」


 勘のいいガキは嫌いだよ!

 だが、俺は往生際が悪かった。


「ぴ~ひょろろ~」


「んな口笛で誤魔化せるカぁあああ!」


 チッ、ダメだったか。

 それもこれも、あー姉ぇがアホすぎたのが悪い!


「イロハ! オマエ、アメリカに引っ越すって、留学じゃなくてイベントが目的じゃねーカ!?」


「べっ、勉強とかも大事だし!?」


「『トカ』って言ってる時点でお察しだゾ!?」


「え? ちょっと、どうゆうことイロハちゃん!? マイ、聞いてないよぉ〜!? じゃあ、マイが涙を流しながらも『イロハちゃんの将来のためだから』って見送る決心をしたくだりはぁ~!?」


「そんなのあったっけ?」


「あったのぉ~!!!!」


 記憶にないが、マイが言うならあったのだろう。

 しかし、語るに落ちるとはこのことだったな。


 じつは留学が8月から、というのもイベントに合わせた結果だったりする。

 むしろ、一般的には9月からはじまる学校のほうが多いのだ。


 しかし、それでは日本で6月ごろまで中学校に通うことになってしまい……。

 盛り上がりはじめる――アメリカで夏期休暇がはじまる6月頭に間に合わない可能性があったのだ。


「はァ~、ワタシがイロハを舐めてタ。まさかこれほどまでとハ。確認するガ、引っ越し先もイベントに合わせて決めたりしたんじゃないだろうナ?」


「……チガウヨ?」


「やっぱりそうじゃねーカ!?」


 だ、だってアメリカ大きいんだもん。

 立地に気をつけないと、同じ国内でも簡単には行けなかったりするから……。


「はァ。ちなみに向こうでは寮生活なのカ?」


「いや、それじゃあ配信できないし家を借りるよ」


「それなら一緒に住もウ!」


「いや、おーぐは日本に来るんじゃろがい!?」


 今って、あんぐおーぐは実家暮らしだよな?

 まぁ、彼女自身がいないとしても、たしかにあの家・・・なら住んでいた経験もあるし事情も知ってくれているし、安心だ。


 けどなぁ、立地が……どうだったっけ?

 ダメだ、忘れた。


「おーぐの実家ってどこだっけ?」


「??? そんなのワシントンD.C.に決まってるだロ?」


「なんで?」


「なんでってそりゃア、ワタシの実家……」



「――”ホワイトハウス”だかラ」



 俺は思わず吹き出した。

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