閑話17『0円でなれるVTuber!~まとめ編~』

 『可愛ケイ』というVTuberのサムネイルを見る。

 どうやら、その人物もワタシたちと似た方法でデビューして、活動しているようだ。


【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/kawaiiiiiii_kei/news/16818023212423124318


「レベルが高すぎるサムネイルよりも、これくらいのほうが逆にセオリー通りだからわかりやすいかもねぇ~。まぁ~、センスはともかくだけど。これくらいのサムネならすぐに作れると思うよぉ~」


「そうなのデスカ?」


「具体的には……」


 マイサンが要点をまとめてくれる。

 曰く……。


 1.VTuberは”顔がいい”から、きちんと頭部をアップにすること。

 2.見出しの文字は大きく警戒色、さらに見やすいように縁取りや影をつけること。

 3.右下は動画時間が表示されるから、小さな文字や重要な情報は配置しないこと。


「とかかなぁ~?」


「サムネに必要な条件、いっぱいあるじゃないデスカ!?」


「サムネのデザインについては、あくまで一例ってだけだからねぇ~」


 しかし、教えられながら実際に作ってみると、これくらいのものなら本当に簡単にできてしまった。

 え? てことは……。


「あとは、このサムネを使って配信の枠立てをするだけだねぇ~」


「……!」


 ”そのとき”が着実に近づいてきていた。

 ワタシは”MyTube Studio”のページから配信の作成を行う。


「タイトルを決メテ、説明を書イテ……ト」


「あっ、そこの”子ども向け”の設定は『いいえ』にしたほうがいいねぇ~。”年齢制限”とはまたべつだから。逆に成人に表示されづらくなっちゃう」


「フムフム」


「あとは”DVR”も有効にしてあげたほうがいいかなぁ~」


「でぃーぶいあーる?」


「ライブの追っかけ再生のことだねぇ~。視聴者が増えてきたら、事故に備えて切っておいたほうがいいけど、最初はできたほうが新規の視聴者さんも見やすいしぃ~」


 そして最後のページへ。

 あとは配信開始のスケジュールを設定するだけ。


「準備……全部、終わっちゃいマシタ」


「だねぇ~。あとは配信をはじめるだけだよ」


 ドクンドクンと心臓が鳴っていた。

 ワタシは緊張を誤魔化すようにマイサンに尋ねる。


「エ~ット、ソウダ! 配信中の注意点とかってありマスカ?」


「ん~、最初は自分でも配信を二窓しておいて、音量が問題ないかチェックするくらいかなぁ~。あとは配信を終わるときは、きちんと切れてることを確認して、念のためOVSも落としておくことくらい?」


「ほかニ、これまでの部分で注意するところトカ」


「トラブルが起きたときは再起動。大抵はそれで治る。あとソフトやOSはきちんとアップデートしておくこと。作業前なんかはとくに。今回、イリェーナちゃんの場合はイチからはじめたから大丈夫だったけどぉ~」


「じゃあソノ、ほかニハ」


「ねぇ~? イリェーナちゃんは、なにから逃げてるのぉ~?」


「っ!?」


「”スタートボタン”を押せるのは、いつだって自分だけ。だれも強制なんてしてない。そして、自分からは絶対に逃げられない」


 心を見透かされてしまい、ワタシは顔を伏せた。

 ビビっているのがバレたのが、恥ずかしかった。


「それにね……最初なんて、どうせ視聴者はゼロだからぁ~!」


「こんなに準備したノニ!?」


「まぁ~、他人の”ひとりごと”を聞きに来てくれる心優しい人なんて、それだけ貴重ってことだよ。だから、もしだれかがひとりでも聞きに来てくれたなら……」


 ハッとする。

 目標は数ではない。視聴者は数字ではない。そのひとつひとつが人間なのだ。


「動画だって、なんだってそうだよぉ~。大勢に見てもらうことは大切。けれどそれ以上に、だれかたったひとりにでもそれを『おもしろい』って言ってもらえたなら、それだけで作ったものに価値が生まれる」


「ワタシ、ハ」


 それでもまだすこし、ためらってしまっていた。

 そんなワタシの背中を、マイサンはやさしく押し出す。


「逆に、世に出さなければその作品はずっと死んだままだよぉ~? だから勇気を出して。一歩、前へ踏み出して。”イリェーナ”に命を吹き込んであげて?」


「……ハイ!」


 ワタシも覚悟が決まった。

 マイサンが一歩、うしろへ下がった。もう補助輪・・・はナシだ。


「これでマイから教えてあげられる”VTuberのイロハ・・・”は全部だよぉ~。そして、ここから先はあなた次第。ねぇ、あなたはどんな配信がしたい? あなたは……」



 ――あなたはどんなVTuberになりたい?



 ワタシはその質問に、迷いなく答えることができた。

 そんなもの決まっている。


「イロハサマみたいな、VTuberに!」


「そっかぁ~」


 マイサンは微笑んだ。

 ワタシの脳裏に浮かんでいたのは、教室で助けられたあの瞬間。


 困っている外国人にも手を差し伸べられるようなVTuberになるのだ。

 人と人とを繋げられるようなVTuberになるのだ。


 ワタシは配信のスケジュールを設定した。

 そして数時間後、OVSから『配信開始』ボタンを押下した。


「”ドーブロホ・ランコ”!」


 その瞬間、イリェーナというひとりのVTuberが世界に誕生した。


   *  *  *


 ――それから数ヶ月後。


 ワタシは日本の中学校に進学していた。

 そして”イリェーナ”のチャンネル登録者数も、すこしずつだが伸び続けていた。


 ウクライナ語と日本語のバイリンガル、しかも現役女子中学生。

 そういう属性・・がわりとウケたらしい。


 そんな、とある日のことだった。

 ワタシのスマートフォンが震えた。電話の発信者は……。


<いっ、イロハサマぁあああ!?>


 な、なんで急に!?

 卒業式で連絡先を交換して以来、こんなことははじめてだった。


 ワタシは震える手で『応答』ボタンを押す。

 声が自然と、裏返った。


<は、はひ! もしもし!?>


『あ、もしもし? ひさしぶりー。いやー、じつはちょっとオススメのVTuber見つけちゃってさ! 教えてあげようと思って! 名前は――”イリェーナ”ちゃんって言うんだけど~』


<!?!?!?>


 まさか、このさらに数ヶ月後「世界を救う手伝いをしてくれ」なんて、言われることになろうとは。

 このときのワタシは、まだ知らない――。

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