第203話『チートを超えるチート』

『〇●◇×……※☆?』


 ギネス記録に挑戦して、58ヶ国語目。

 通話相手が、俺の反応がないことに困惑した様子でなにかを問いかけていた。


 しかし、俺には応えることができない。

 視聴者も異変に気づいたようで、コメント欄がざわつきはじめていた。


>>イロハちゃん、急に黙ってどうしたんや?

>>マイクのトラブルか?(米)

>>いや、3Dモデルの口も動いてないから、本当に黙ってるんやと思う(米)


>>相手の滑舌が悪くて、聞き取れないとか?

>>そもそも何語なんやこれ?

>>これ……アフリカーンス語じゃないかい?(沙)


 なっ、アフリカーンス語!?

 俺はコメント欄の文字を見て、頬が引きつったのがわかった。


 アフリカ語、の間違いじゃないよな?

 まぁ、そんな言語は存在しないけど。


 恥ずかしい話だが、寡聞にして俺はこの言語を名前すら知らなかった。

 しかし、不幸中の幸いというべきか、さっきのコメント主が連投して情報をくれる。


>>南アフリカ共和国の公用語のひとつだね(沙)

>>ボクは今、サウジアラビアに出稼ぎに来てるけど、もとはそこの出身だから(沙)

>>話者数で絞れば、じつはヨーロッパ系で1番新しい言語だったりもする(沙)


 現在、世界には全部で7000近い言語があるといわれている。

 まぁ、それも数えかたによって変わるのだが、それはさておき。


 言語や方言が減りつつあるとはいえ、それでも100分に1つペースで新たな言語が生まれているのだ。

 今回の場合「新しい」といっても公用語になっているのだから、100年単位の話だとは思うのだが……。


「……」


 これは、マズい。

 完全にやらかした・・・・・


 南アフリカ共和国そのものは知っている。

 名前のとおり、アフリカ大陸の南にある国だ。


 多言語主義を掲げていて、公用語がたしか10個以上あったはず。

 公用語を定めていない日本やアメリカとは真逆だな。


 ただ、学校教育は英語でされているとかで……。

 俺が「それなら、ひとまずは英語でいいか」と習得を後回しにしていた筆頭だった。


《あの、イロハさん。どうかされましたか?》


 ここまでスムーズに進行していたからこそ、だろう。

 認定員さんが思わずといった様子で声をかけてくる。


《ええっと》


 今、この間もアフリカーンス語のネイティブスピーカーがなにかを話しかけてきていた。

 ここで素直に「わからない」と言ってしまうのは簡単だが……。


 俺は演技・・をしながら、小声で認定員さんにあることを伝えた。

 彼女は目を丸くしたあと、コクリと頷いた。


《イロハさんが喉に違和感を覚えられたそうです。そのため急遽、すこしだけ休憩を挟みたいと思います》


>>えっ、大丈夫なのか!?

>>それで急に黙ってたのか(米)

>>これでちょうど、世界記録と同率1位やったのに


《そうですね……。ではその間、視聴者のみなさんを退屈させてはいけませんし……ネイティブスピーカーのかた。そのままの言語で構わないので、よければ自国のことを視聴者へ教えてあげてもらえますか?》


『☆★●……オーケー』


 これですこしだけ時間が稼げた。

 だが、今のうちに”文法”を調べて習得……というのは、できない。


 不正防止のため、今の俺は配信画面以外が見られなくなっている。

 コメント欄を含めたそれらだけが、操作の必要性があったりで例外的に認められているのだ。


 そして、さすがの俺も大量のインプットや”ルール”の把握なしに言語を習得するのは、今なお難しい。

 全盛期といえる、あの事件のとき(能力が暴走していたともいう)ですらそれは不可能だった。


 もし可能だったとしたら、それは命すら投げうったあの瞬間・・だけ……。

 神さま(?)の声すら聞こえるほど全知全能に近かった、あの一瞬しかない。


《イロハさん、大丈夫ですか? 口を開けて「あー」と言ってください》


《あー》


 念のために待機してもらっていたドクターが、画面外で俺を診てくれる。

 ちょっと騙してるみたいで申し訳ないが……。


《イロハ、大丈夫なのか?》


 そこへあんぐおーぐも不安そうな顔つきで駆け寄ってくる。

 俺は「心配するな」という風に笑みを返した。


 今回の件、認定員さんは悪くない。

 なにせ60ヶ国語もあるのだ。むしろ、ここまでひとつもミスがなかったことのほうが奇跡。


 それに確認のため、事前に俺が挑戦する言語のリストを送ってくれていた。

 まぁ、俺はよく目を通さずにオーケーしてしまったんだけどな!


《……うぅ~》


《オイ、本当に大丈夫か!?》


 頭を抱えた俺の肩を、あんぐおーぐが抱いてくる。

 いやほんと、なんであのときちゃんと確認しなかったのか!


 けど、仕方ないだろ!?

 もはや数が増えすぎて俺自身、自分が使える言語と使えない言語を把握できなくなってきているんだから。


 それにwikiを参考にしました、みたいなことが書いてあったし。

 だったら俺より詳しいだろうし「間違いないだろ!」って。


《はぁ~》


 多分、認定員さんが間違えたわけじゃなく、wikiそのものに誤りがあったのだろう。

 だって、wikiにない言語が出ていたら視聴者がすぐに反応しているだろうから。


 まさかこんなところで、俺が自分のwikiをチェックしていないことがアダになるとは。

 見ていれば、どこかで間違いに気づける機会はあったかもしれない。


《イロハさん、非常に申し訳ないのですが通話者の都合もありまして、5分後に再開できなければ今回の挑戦はここで終了ということになります。ただ、幸いにも……》


 俺は「いや」と首を横に振った。

 ここで中途半端に終わらせることだけはありえない。


 だって、そんなことになったら……間違いなくもっと面倒くさい企画をあー姉ぇが持って来るから!

 たとえば、次はもっとハードな条件で再挑戦とか!


 そうしたら、今度はどれだけ俺の推し活時間が削られるかわからない。

 だから絶対に、この場でなんとかしなければならないのだ!


《……ふぅ~》


 やるしかない。

 俺は集中するように、深く息を吐いた。


 ここに至って、ついにはじまったのだ。

 俺にとって本当の・・・ギネス記録……いや。


 ”過去”を超えるための挑戦が――!

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